キルギス、民衆革命から2年

4月7日は、キルギスで民衆革命が起こった記念日。今から2年前、2010年のことであった。

2010年の4月7日は、私にとっても忘れられない日で、キルギス協力隊に参加するにあたって、長野県駒ヶ根市にある協力隊の訓練所に入所した訓練初日であった。二度目の協力隊参加とは言え、一緒に行くメンバーとは初対面だから緊張や不安はあった。

その日の夜にネットニュースを見たら「キルギスで民衆暴動」みたいなニュースが出ていた。キルギスに行く予定の他の訓練生と「俺たちどうなるんだろう」と話していたのを思い出す。

4月7日から始まった暴動は、その後、当時の大統領が国外逃亡し、暫定政権が成立。“暴動”は“革命”となった。死者80余名出た。政権が変わると、日本の外務省と当該国で交わされた国交契約(?)は一度白紙になるということで、キルギスへの協力隊派遣も、その手続きを待たねばならぬということだった(その後、日本政府が暫定政権を正式な後継政権として認め、協力隊の派遣も実施された)。

6月末にもオシュ州という所で、民族間暴動が起こり、死者数が確定されていないが、1千人とも3千人ともいわれる犠牲者が出た。そのこともあって、当初の予定だった6月下旬の赴任は延期となった。

当初、私たちの隊次のキルギス派遣予定者は7名いた。このうち特別現職参加で来ていた学校教員の人が2名いて、この2名は訓練の序盤で別の派遣国に振り替えとなった。この2名は、先月、任期を終了して帰国、4月から学校に戻って仕事を再開しているそうである。

もし自分がキルギス協力隊員でなかったら、4月7日の暴動(革命)に興味を持つことも一生なかったかも知れない。いや、そんなニュースに関心を持つことはなかった。それが、今はそのキルギスに住みながら革命2周年の特番をテレビで見ている。

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