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2018/08/24

キルギスが紹介された番組 「笑ってコラえて!」

日本のテレビ番組で、時々、キルギスが紹介されることがある。
私がキャッチしたものを記事にしておく。

日本テレビ 「笑ってコラえて!」

2018年3月 7日放送(前半)
2018年3月14日放送(後半)
”世界一周!1年間ロケしっぱなしの旅”

番組スタッフが世界を一周しながら、「日本人未踏の地」を探して、そこで日本の文化を紹介していくという企画。

冒頭はキルギスの地理や文化を紹介。
 

市場でクルト(馬乳などを発酵・乾燥させて固めたもの、チーズに近い)や、チュチュック(馬などの腸詰め) が紹介される。


羊(番組内では「山羊」と紹介)をボールのように争奪する遊び、「コク・ボル」も紹介されていた。

 

キルギス国内の移動では、日本留学経験のある男性に助手を頼み、イシク・クル湖方面から訪問していく。

この辺りは 外国人観光客の定番ルートであるし、協力隊の派遣数も多い地域なので、案の定、村人からは「日本人が来たことがある」との返事が返ってくる。

 キルギスの南部なら、まだ日本人が行ったことのない村がありそうだとの情報をもらい、「アクムズ」という村を目指す。



 
(アクムズ村のマップ)

アクムズ村の村長に取材を申し込む。当初、いきなりのテレビ取材に慎重になっていた村長であったが、取材意図を了解し、村で取材させてもらえることになる。


キルギスでの訪問客の接待の習慣にのっとり、家で紅茶とパンを出される。これは遊牧民文化の名残りだと言われている。
(キルギスを訪問する人は、このような接待を受けたら、遠慮して断ってはいけない。パンは端っこひとかけらだけでも食し、お茶はできれば1回はお代わりをするのが現地のマナー。)

 

この村には日本人は来たことがないとのことで、企画の目的地として合格。

日本文化の紹介ということで、現地でかまくらを作ることになる。しかし、氷点下30度の地域なので、雪はサラッサラのパウダースノー。日本のべた雪のように固まってくれない。

雪に水をかけて、固まらせながら、2日かけてかまくらが 完成。


日本とは雪質が違うため、かまくらを作ることはないキルギス人にとっては新鮮ではなかったかと思う。子供たちは「中はあったかい」 との感想。


村での滞在の様子を見ていて思ったのは、キルギス人のフレンドリーさである。いきなり訪れた外国人の呼びかけに応じて、たくさんの人が公民館のようなところに集まって話を聞き、かまくら作りにも協力してくれていた。

小さな村だから、こういうことが大イベントとして盛り上がる素地があるのかもしれない。それにしても、日本の街中でこういうノリはないし、キルギスにおいても都市部ではおそらくなくなっている光景なのである。


この辺りは標高3,000m越えの地域。冬は氷点下20℃くらいの気温は日常のこと。どんな環境でも子供たちは元気だということも、感心させられる。

【番組サイト】
3月7日放送分
3月14日放送分

2012/07/09

カマールにかまれーる Комар кусает

ビシュケクの夏がこんなに暑いとは、住んでみるまでは知らなかった。ビシュケク住人のみなさん、お疲れさま。

気温が35℃ともなれば、日本と変わらないくらいの猛暑である。実際、直射日光に当たると、日に「焼ける」という言葉が実感される。

ただ、ビシュケクが東京なんかと違うのは、とにかく樹木が多いことである。そのおかげで、影ができて、その中に入ればだいぶ暑さをしのげる。よく言われるように、日本は湿度が高いので、影に入ってもジメジメ感があるが、ビシュケクではそれがないから助かる。

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(とにかく木が多い。緑の威力を思い知る)

気温がこれだけ高いので、村ではついぞ見なかった蚊もビシュケクにはいる。夜の闇にあの羽音が聞こえたときの不快感といったらない。まあ、前に行っていたマレーシアに比べれば、断然、数は少ないのだけれど。

комар
(かわいそうだが、我が安眠のためつぶした。アーミン)

ちなみに、蚊はロシア語で「комар /カマール/」。蚊に刺されることを、ロシア語では「噛む」と同じ単語を使う。日本語でも「蚊に刺される」の他に、「蚊に噛まれる」「蚊に喰われる」という言い方がある。英語もbite(噛む)だったかな? 本当は「刺して吸う」のが正しいのだと思うけど、「蚊に吸われた」という言い方は聞いたことがない。

(今日の記事にはダジャレが2つ入った。)

2012/07/08

温度差十度

テレビの天気予報でキルギスの州ごとの予想最低・最高気温が出ていた。その日の予報では、キルギスで隊員が派遣されているのは3州あるが、私が以前いたイシククル州の最高気温が24℃、もう一つ別のナリン州というところは最高気温22℃であった。

首都ビシュケクはチュイ州にあるが、ここは34℃と出ていた。他の州と比べると約10℃も違う。

これは、標高の違い、山に囲まれていたり平野が多かったりという地形の違いなんかが関係しているのだろうけど、10℃ってかなりの違いである。

昨年の夏はバコンバエバ村にいて、日によっては30℃はいっていたと思われる日もあったが、それでも日が落ちれば肌寒くなるような感じであった。今年はビシュケクで過ごしているので、日本にいるようなジリジリとした陽射しを受けている。

首都以外の隊員(地方隊員と呼ばれる)が所用で首都に来た時に、10℃の気温差を経験するので、体調管理が大変である。実際、それぞれの地方を出発する時は、薄い長袖を羽織ってちょうどよいくらいであっても、チュイ州に入る峠を越えた途端に気温が急上昇するから、半袖にならなければならない。熱中症になりかけた、と言っていた人もいたくらいである。

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(この峠が気候の境目)

そういえば、ビシュケクの人たちは、夏休みになるとイシククル湖(イシククル州にある)へ行くのが当然みたいのようであるが、35℃の猛暑で暮らすビシュケク住人にしてみれば、イシククルに出かけるのは文字通り「避暑」であるのだね、今気づいたけど…。

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(イシククル湖のビーチ。避暑客でにぎわう)

2012/06/19

夜9時まで明るい

緯度が高いせいだろうが、キルギスにおける夏場の日没時間は、(日本人的感覚からすると)すごく遅い。

ここ最近だと夜7時半ごろまで昼間のような明るさで、8時ごろから日が落ちてきたように感じ始める。で、夜9時ごろでもまだ薄明るい。

私は集合住宅の一室に住んでいるのだが、建物の前が公園になっているため、子供たちが遊んでいる声が夜9時過ぎでもまだ聞こえてくる。「こんな遅くまで子供を外で遊ばせておいて、親はどうなってるんだ」と思うこともあったが、外が明るいのだから「こんな遅く」という感覚でもないのだろう。

それに、子供がこんな感じで外で遊んでられるのは、キルギスの治安が良いということとも解釈できる。あと、日本と決定的に違うのは、子供の数が多いことである。少子化日本では昼間でも子供の喚声《かんせい》が聞こえることは珍しい。

夏は日没時間が遅いが、当然、冬はその逆で、日没時間は早くなる。夕方4時半くらいから薄暗くなって、5時半には真っ暗である。キルギスでの冬は2季とも、私は村で暮らしていたから、街灯もなく、真っ暗な道を職場から帰る日もあった。

2012/04/21

ビシュケク、暑い…

23年度4次隊の歓迎会があるので、地方で活動している隊員たちが首都に集まってきた。同じ国で活動しているといっても、任地が違うとなかなか会わないもので、こういう機会に久しぶりの面子と会えるのが楽しみである。

協力隊では、首都で在住・活動している隊員は「首都隊員」、首都以外の地域で在住・活動している隊員は「地方隊員」と言ったりする。私は、キルギス赴任当初はバコンバエバ村という場所で活動していた地方隊員だったが、この2月末からビシュケクに引っ越して首都隊員になった。

今回、地方からビシュケクに来た隊員たちが一様に「ビシュケクは暑いですね~」と言っており、彼らの任地とビシュケクの気温差は7~8度くらいはあるので、そのように感じるのも当然なのであった。

現在、キルギスで地方隊員が派遣されている地域は、首都のビシュケクと行き来する際は山を越える場所ばかりで、地方のほうが標高が高いこともあって、気温が低い。地方隊員たちに、それぞれの任地でアプリコットが咲いたかを尋ねてみたら、まだまだとのことであった。どこの隊員もまだ長袖を羽織って過ごしている。ビシュケクは半袖で歩く人たちが増えたというのに。

そういえば、私も地方隊員だった頃はビシュケクを訪れると暑いと、自分の任地よりも気温が高いと感じたものだった。バコンバエバ村では夏でも長袖ジャージとかを必ず着て外に出ていた。それくらいで丁度よかったのである。

ビシュケクに在住するようになった今は、ビシュケクが冬から春(ほとんど初夏)に移行する時季をリアルタイムで過ごしているから、衣服の調整も日々行えていたのである。一方、地方隊員は5~6時間の間に7~8度、場合によっては10度くらいの気温差に対応しなければならないので、調整も大変である。任地を出発する時は晩冬の重ね着であったものが、山を越えたとたんに半袖にならなければならない。実際、ある隊員は水を持参し忘れて、移動の車中で「熱中症になるかと思った」と言ったほどであった。

一つの国の中でもこれだけ気候の違いがあるわけで、当然、各隊員がそれぞれの任地で体験するものも変わってくる。私はそれが“みそ”だと思っていて、隊員が2年間の任期で見聞・体験することは、各個人で異なるし、またそれはその個人だけのものである。もちろん、ある場合には隊員同士で体験を共有していることもある(旅行とか)が、同じ体験から感受するものは人によって変わる。

日本にいたって同じことなのであるが、協力隊という共通項を持っていると、ついつい同じ体験をし、同じ感想を持っていると錯覚してしまいがちなのである。でも、そういうことはあり得ないし、だからこそ他の人との体験や感想の優劣を比べても意味がない。

2012/04/14

タンおばさん&ショロおばさん登場

いつ、おばさんたちを見かけ始めたのか、正確に思い出せないのだが、まだ4月になっていなかったと思うから、3月の最終週くらいだったろうか。おばさんたちが道の辻ごとに現れだし、ビシュケクの春の到来を感じた。

キルギス人は主に遊牧民だったこと、現在も酪農(羊、牛、馬)が主要な産業であることから、食文化の中に乳製品がたくさんある。馬乳や牛乳を発酵させた飲み物をキルギス人はよく飲んでいる。それらは家ごとに自家製のものもあるのだが、商品化されてペットボトル売りされているのもある。そういうドリンクを作る会社が、キルギス国内では上位企業にもなっている。

それらの会社は、ペットボトルを店舗売りするだけでなく、街頭に販売員を配置して、コップ1杯からの手売りもしている。冬場はいなかった販売員が、暖かくなると営業を開始する。販売員はほとんどが女性、若い人もいるが、なんとなく「おばちゃん」と呼ぶ方がいいようなユニフォーム、貫禄で客待ちをしている。「タン」「ショロ」は製品名、メーカー名であり、私の周り(協力隊員)では彼女らを「タンおばさん」「ショロおばさん」と呼んでいるのだ。

TAN_obasan

SHORO_obasan

発酵乳ドリンクを売っていると書いたが、それ以外にも麦などの穀物を混ぜて発酵させた飲み物や、アイスティーも扱っている。使い捨てのプラスチックコップ200mlくらいで8ソム(13~14円)程度。倍のサイズのコップもあるし、ペットボトルにも詰めてくれる。

3月末におばさんたちが出現し始めた頃は、まだポツリポツリという感じだったが、今はビシュケクの大きな通りの交差点ごとに店が出ている。面白いのは、ライバル会社同士が並びで店・販売員を置いていて、おばちゃん同士は客が来ない間はフツーにおしゃべりなんかをしているし、釣りの小銭がない時は隣の販売員に両替を頼んだりしている。こういうの、いいと思いません?

ビシュケクの人たちにとっては「のどが渇いたから1杯」と気軽に立ち止まって、おばちゃんたちからドリンクを買っている。ビシュケクの街頭に自動販売機はない(首都にないのだから、当然、地方にもない)が、こうして手売りで飲み物を買える。慣れるとこちらの方式独特の楽しさもある。不愛想なおばちゃんも多いが、別に客に喧嘩を売っているわけではない。この国で1年半以上も暮らしていると、こういう態度のほうが客に媚びておらず、かえって「フツー」の商売のようにも見えてくる。それに、そういう不愛想な人が多いだけに、たまに愛想のいいおばちゃんに出会うと、「ここで買って良かった」と思えるメリット(?)もある。

冬場はタンおばさん、ショロおばさんたちの店は出ないと書いたが、寒い時季はあえて道ばたでドリンクを買って飲もうという通行人はいないからだろう。それに、マイナス10℃を下回るような寒さの中で、おばちゃんたちも何時間も座り続けてはいられまい。なにより、その気温では飲み物も容器の中で凍ってしまい、コップに注ぐことができない。

2012/02/22

バコンバエバの雪景色

動画が続いて、低速なネット環境の人(←協力隊員で、任国で活動中の人だろうな)には申し訳ないが、今回も動画。

雪はほとんど降らないと言われているバコンバエバ村周辺だが、今年は1月下旬以降4~5回は降っている。2月4日に降った雪は、まる一日降って、翌日まで断続的に降っていたと記憶している。

私が家庭訪問で行っている障害児の母親も、「私がこの村に嫁いで来てからは初めて」と言っていたし、もっと年輩のエジェ(年上の女性への呼称)も「こんな雪が降るのは長いことなかった」と言っていた。

北海道・東北あたりの人が見たら、どうってことのない当たり前の積雪風景かも知れないが、この村にとってはかなり珍しい映像とうことになりそうだ。

2012/02/09

Сосульки/ icicles/ 氷柱

土日に降り積もった雪だったが、その後数日、日中の気温が高くなり、屋根に積もった雪が溶けている。

屋根には陽が当たるから温度が上がって雪が溶けはするが、気温自体は氷点下だから、滴る雪は落ちながら凍る。そして氷柱《つらら》が形成される。

tsurara

tsurara2

昨冬は屋根に雪が積もることがなかったから、こんな氷柱にお目にかかることはなかったが、今年はあちこちで見かける。落下による怪我に注意しなければ…。

日本でも、例年は雪が積もらない地域でも、今冬は雪が降っているようなので、氷柱・雪の落下にはご注意を。

2012/02/05

他人事ではなくなった

私が住んでいるバコンバエバ村周辺は、降雪が少ないのだが、昨日(2月4日)未明から降り始めていたと思われる雪は、その後も降り続け、今朝の段階で25cmくらいの積雪。このまま降り続けば、40cmは積もるんではなかろうか。

雪の積もった朝
(8:00 干し草に積もった雪)

田舎の家なのでトイレは外にある。玄関を出てから50~60m先にある(って、なんと広い庭だ。日本ではあり得ん)トイレまでも、くるぶしより上に雪が積もっているから、とんぼ(グラウンド整備に使う道具)で雪をかいた(余談だが、北海道では雪かきのことを「雪をはねる」「雪はね」と言うのを思い出した)。

昨日も4回くらい雪はねをしたが、今日は雪のかさが増えていて重い…。今日も同じ回数くらいは雪はねをすることになると思うが、今日のほうが重労働になりそうだ。

日本では、例年よりも降雪量が多いようで、東北地方では屋根の雪下ろし作業中に、転落事故などで亡くなる高齢者が多数出ている報じられている。雪下ろしだけでなく、家の前の雪はねもある。東北の雪は水気が多くて重たいと聞くから、なおのこと重労働であろう。

昨日までは、雪国の人は大変だなと他人事としてニュースを聞いていたが、今日は我が身でその大変さを味わっている。

(追記)
昼近くに雪は止んで、陽も差してきた。気温の上昇とともに、雪がどんどん溶け始めている。雪かきをしていると、木の枝に積もった雪が落ちてきて降りかかる。雪は積もった分に加えて、溶けた水分で重くなっている。

雪の止んだ昼
(11:50 雪が止み、陽が出てきた)

2012/02/04

朝、扉を開けたら雪景色になっていた

バコンバエバ村、この冬、2度目の雪。

Bokonbaev_snow2

Bokonbaev_snow1

日本では、寒波の影響で、関東以西でも降雪があり、東北以北でも例年に増して雪の量が多くなっていて、あちこちで降雪被害が出ていると聞く。

ヨーロッパのほうでも寒波がひどく、多くのホームレスの人が凍死したとニュースで聞いた。

この2つのニュースを聞いて、今年は世界各地で寒波が来ているのかと思っていたら、アメリカのワシントンD.C.に在住している友人からは、あちらは異常な暖冬になっているのだという。例年、冬の気温は0~3℃くらいまでなのが、今年は日によっては20℃近くになっているらしい。「それならば、ポトマック川の名物の桜も、いつもより早く咲くだろうね」と返していたのだが、そのメールをしたその日に、ニュースでポトマック川の桜が咲き始めたと言っていた。

2012/01/24

竜巻を見た、撮った

私が住んでいる村のはずれは平原になっている。時々、その辺りに行って写真を撮ったり、風景を眺めたりするのだが、先日行った時に、竜巻が起こっているのを見られた。

竜巻と言っても、大きなサイズではなかったと思う。地形とか気温差とかが絡み合って、こういう風が起こるのだろうが、私にはその仕組みが分からない。

2011/12/21

初雪

昨日(12月20日)、ボコンバエバ村にこの冬の初雪が降った。

snow1

首都ビシュケクなど、他の地域は1ヶ月半も前に雪が降っていたが、イシククル湖沿岸は雪が少ないのだ。ボコンバエバ村で雪が降るのも年に数回だと言う。

レーニンの胸像にも雪がかぶっていた。この写真、私のお気に入りの一枚になりそう。

snow2

2011/12/17

寒い日に潜む危険

キルギスの緯度は北海道と同じくらいだから、冬は寒いのは当然である。ここのところ、一層冷え込んだ感じがする。室内は多少なりとも暖房をつけていて暖かいので、薄着で過ごしていたりもするのだが、油断してそのまま外に出る(例えば、トイレに行く時)と、えらい目にあう。

室内から外へ出た際、その温度差で後頭部のあたりがキーンと痛む時がある。あれは血管が急速に収縮しているせいなのか? 「ああ、冬場の脳梗塞とかって、こういうふうに起こるんだろうな」と恐怖を感じつつ、かき氷を食べた時のこめかみの痛みにも似た感覚に耐える。

風邪への対策は暖かくするのが基本であるが、私のホームステイ先、配属先の職場を含め、多くの場所で暖房器具が電気式の物であるので、停電になると暖房が使えなくなるのが困る。昔は石炭や薪を焚いて暖を取っていたはずだが、私の周りでは電気式暖房器の使用のほうが多いように見受ける。

日本でも、北国の住人なら常識なんだと思われるが、大気が冷え込んでいる時には息を吸い込むのにも注意が必要だ。一気に吸い込むと、肺が冷気でやられてしまう。実際に「やられて」しまったことはないが、吸い込んだ途端にむせ返ることはある。寒い時は、息は口をすぼめ加減にしてゆっくり吸い込む、あるいはマフラーのような物で口を被って、外気を直接吸い込まないようにする。

気温が氷点下になっているような時、しばしば私がやってしまう失敗が、鉄製門扉を開けようとして、取っ手を素手で握ってしまうこと。今回書いた中では「やばい」と思う事態ナンバーワンだ。冷凍庫から氷を出そうとつかんだ時、指が氷に張りついてしまう経験は誰にでもあると思うが、まさにあの状態なのである。

私のいる村はマイナス5度程度までの冷え込みだから、そう危なくはないが、マイナス10度くらいまで下がる地域ならば、焦って取っ手から手を放そうとすれば、手の皮が剥がれてしまうこともあるのではないか、と恐ろしい想像をしてしまうのである。この時季、素手で外出してはいかんのだ。手袋は必需品である(村人は素手の人もよく見かけるが…)。

monpi 
(寒い日の鉄門扉には注意)

2011/10/14

村の紅葉

私の住むボコンバエバ村、秋から冬に向かうところで、木々の紅葉が進んでいる。

街路樹の紅葉

ちょっと分かりづらい写真か…。葉が黄色くなっているのを撮ったつもりだったが、いまいちよく写っていなかった。ただ、路上に落ちている葉が黄、オレンジ、赤っぽいのはお分かりいただけると思う。

紅くなった葉

これはどこかの家の道路沿いにあった木の葉。赤くなっていた。

現地の人は、木々が紅葉することには大して感心がないよう。話題にも出ない。ただ、私が路上で紅葉の写真を撮っていたら、通りがかりのおじさんが「何を撮ってるの?」と尋ねてきて、「葉の色が変わってきれいだから撮っている」と言うと、「そう、秋はきれいだよな」と返してきた。カメラがないから撮らないだけで、村の人達も葉の色が変わり始めていること、その色がきれいだというのは心に留めているのかも知れない。

私の任期は7月までだから、来年、もうキルギスでこういう紅葉は見ることはない。

2011/10/07

吐息が白くなった

本日、朝から小雨模様の天気。

雨のせいで気温がまた下がり、ついに、日中でも吐く息が白く見えるようになった。

冬に近づいている。

2011/10/01

台風の名前

今月は日本で台風が連続して接近・通過して、各地で被害が出たニュースをネット、あるいは短波ラジオのニュースで知って、3・11のことがあったからなおさらなのだが、つくづく日本って地震・台風災害の多い土地なんだと思った。

台風を協力隊の仲間内で話題にしていた時、台風に名前が付いていることを知らない人がいた。日本だと「台風15号」と、その年に発生した順に付けられる番号で報道されるが、台風の名前はこれらの番号とは別にある。

日本を含む14ヶ国がそれぞれ10個ずつ、各国語の名前を出して(計140個)リストを作り、台風には発生した順にそのリストの名前を付けていくことになっているそうだ。

(詳しくは気象庁の「台風の番号と名前」というサイトに説明がある。)

ちなみに大きな被害をもたらした台風15号は「Roke(ロウキー)」(米国)。16号が「Sonca(ソンカ)」(ベトナム)、以下順番に名前が割り振られていく。

2000(平成12)年からこうやって名前を付けることが始まったと説明があるが、各国が提出した名前を見るとその国・地域ならではの食べ物や地形を使っているが、中には「なんでそれを?」というのも多い。

「ばら」が3つ(マレーシア、韓国、タイ)あるのは、どの国でもこの花は人気があるということか。

「なまず」も2つ(マレーシア、韓国)あるのだが、なんでその生き物を選んだのか? 日本ではなまずと地震は関係があると言われるが、他の国でもなまずは自然現象と関係が深い生き物とされているのだろうか。

アジアの国々の中になぜかアメリカも入っているが、これは領土の島がこのあたりにあるからだろうか。アメリカが提出している名前には、先住民族の言葉に由来していそうなものがたくさんある。

フィリピンの出している名前は他とは明からに系統が異なる。翻訳の問題もあるのかも知れないが、「経験すること」って、なんで台風にそんな名前を…? 「むち打つこと」はさらにクエスチョンマーク付きの名前。「強い」って名詞ではなく形容詞みたいなんだが、ほんとに原語でもそのまんまなのか?

日本はすべて星座に由来する名前。なんでこれらの星座を選んだのだろう? 季節の順番という訳でもなさそう。

こうやって各国から名前を出すなら、「鳥」「花」「川」「星」とか単語を10個決めて、それに対応する各言語の単語を出せば面白いのに、と思ったのだが、それはダメ、うまくいかないのであった。韓国・北朝鮮、それにたぶん中国・香港・たぶんマカオも、これらの国は言語が同じだから、同じ名前が出てきてしまうのだ。

日本国内のニュースでは「台風○号」と呼ばれているが、yahoo!の台風情報サイトには台風のアジア名も掲載されている。それに短波放送では「台風○号、アジア名△△…」とニュースを読んでいた。この辺は海外向けを意識して原稿を作っているようだ。

2011/09/30

暖房と肉じゃが

10日くらい前から自室の暖房を点け始めた。

昨年はもっと遅くに点けていたと思う。北海道なんかも地域によっては8月でも弱めに暖房を使っているのを見たことがあるから、この辺も同じ感覚である。

あと、私が借りている部屋が北向きの部屋で、陽が入らないために余計に寒いというのもある。

使っている暖房は、先輩隊員からもらい受けた電熱調理器。これで10畳ほどの部屋を暖めるのは、冬が本格化してきたら間に合わんだろう、さすがに。

電熱調理器があるので、ついでにという訳でもないが、部屋で料理もしちゃっている。

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肉じゃがの作り途中の写真。和風だしと、村で入手した醤油(日本の醤油と風味が異なる。やや酸味がある感じ)、調理酒にはウォッカを使って煮込む。一度は羊肉でもやってみたが、これもまた美味しかった。

2011/09/29

じゃがいも収穫

当ブログに書いていなかったと思うが、ホームステイしているキルギス人家庭が、5月中旬に山のほうの畑にじゃがいもを植え付けた。私も一緒に植え付けを手伝った。

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(5月中旬、山の親戚の畑にじゃがいもを植えた)

ぼちぼち収穫の時期だろうと思っていたし、ステイ先の家族と「収穫の時にまた手伝ってくれ」みたいな話をしていたので、じゃがいもを掘るのを楽しみにしていた。

ところが1週間前に、すでにいもを掘り出して収穫してしまったとのこと。残念。家の息子が行って、作業してきたとのこと。私が仕事から帰ったら、庭に収穫したてのいもが置かれていた。

shukaku(収穫されたじゃがいも)

ちなみに、こちらでの植え付け・収穫は一族総出(というのは大袈裟だが)の作業。親戚の若い男を呼んで、みんなで土を耕し、畝を作って、苗を植える。収穫のほうは見ていないが、おそらく同じようにやっていたのだろう。

じゃがいもが運ばれてきたその日、早速、茹でたじゃがいもが食卓に出た。塩を付けて食べる。私はバターも付けて食べたが、キルギス人家族はバターを付けていなかった。そういう食べ方はしないのか?

他の家でもじゃがいもは収穫し終わったようだし、これから市場には新じゃがが売られるようになる。

2011/08/24

秋っぽくなってきた

続けてアイスクリームの話題を書いたが、こちらは日中の日なたはまだ暑いものの、日が落ちてからは肌寒いくらいの季節になってきた。秋が近づいている。というより、秋になったと言ってもよいかもしれない。

季節の変わり目だからか、夕方から夜にかけては雨が降る日が多くなっている。気圧の配置が変わってきているということではないか。

9月に日本から知人が遊びに来てくれる予定だが、半年ほど前に「キルギスに行くならいつくらいがよい?」と尋ねられ、「7~9月ならいいんじゃない」と答えていた手前、先週・今週の季節が変わっていく様子は、ちょっと彼らに申し訳が立たない気がしている。

まあ、これもキルギス。冬はもっと寒いんだから、それに比べたらマシということで勘弁願おう。