ビシュケクはキルギスの首都で、途上国とは言え首都はやはり電気・街灯も整っていて夜でも明るい。バコンバエバ村で見ていたような星空は望むべくもないのだが、「ものは試し」で天体写真を撮ってみた。
手前の建物に一部が隠れてしまったが、北斗七星がきれいに撮れた。
2012~2014年、青年海外協力隊員としてキルギスに赴任。現地での活動・見聞したことを記録するためのブログ。 帰国後も、キルギス関連のネタがあればときどき更新してます。
ビシュケクはキルギスの首都で、途上国とは言え首都はやはり電気・街灯も整っていて夜でも明るい。バコンバエバ村で見ていたような星空は望むべくもないのだが、「ものは試し」で天体写真を撮ってみた。
手前の建物に一部が隠れてしまったが、北斗七星がきれいに撮れた。
大気が澄んでいる夜に、久しぶりに星空の写真撮影に挑戦した。コンパクトデジカメだが、「ISO1600、露出時間15秒」の設定がマニュアルで可能で、結構、きれいに撮れる。
夏に取った時とは、星の位置がずいぶん変わっている。オリオン座なんて、夜1時くらいにやっと上りはじめていたが、今は19時くらいから見られる。
今回撮影した北斗七星。
この写真では分かりづらいかも知れないが、一つひとつの星の色が異なる。目で見ていると、主観的に「白」と判断してしまうが、カメラはそういうことをしないから、色の違いを写し出す(肉眼でも、注意して見れば色の違いに気付く)。
この写真を拡大して見てみたら、下(ひしゃくの柄のほう)から二つ目の星の脇に、もう一つ小さな星が写っていた。こ、こ、これは…!
昔、少年マンガ週刊誌で大ブームになった、胸に7つの傷を持つ主人公が超人的な拳法を使うあのマンガに、北斗七星の脇に小さな星が見えると、その人は死期が近いという設定があった。マンガのなかでは「死兆星《しちょうせい》」と呼ばれていたと記憶している。
「お前にも、あの星が見えるのか?」みたいなセリフがあって、そういうのが男子の間では滅茶苦茶流行った。一番流行ったセリフは、もちろん「お前はすでに死んでいる」「ヒデブ」であった。
ちなみに、北斗七星は英語では「The Plough(英)」「the Big Dipper(米)」で、どちらも「ひしゃく」という意味。ロシア語では「Большая Медведица /ボリシャーヤ メドベーディツァ/」で、「大きな熊」という意味。おおくま座ということですな。
ひしゃくの部分が目立っていて見つけやすいので、「ひしゃくの星座」として覚えている人も多いと思うが、北斗七星はおおくま座の一部分でもあるのだ(ひしゃくの柄の部分が熊の尾、水を汲む部分が臀部《でんぶ》に見立てられている)。
という訳で(?)、今回の締めは
ア、タ、タ、タ、タ、タ、タ、タ、タ、タ、タァ!!!
(ヒデブッ!)
В 10е декабря 2011 года, было лунное затмение. Я его смотрели в городе Каракола.
Народ кыгызов не выглядит интересоваться. Только официантки, которые работают в кафе, в котором мы с друзьям садили, интересовались, потому что мы снова и снова ушли на улицу.
В этом раз, лунное заимение было полное. Значит вся луна скрылась в тени Земли.
夜、トイレに行った際、星が良く見えていたので、今日なら星座が写せるかもと思い、撮影にチャレンジ。
オリオン座の撮影ができた。
星の撮影は露出時間を長くしなければならない。1枚撮影するのにも30~40秒くらいはかかる。冬場の星撮影は、寒さとの勝負である。
夏より冬のほうが星がよく見えるのだと習ったと思う。多分、大気の温度の違いによって、光の透過度が変わるとか、そういうことなんじゃないかと素人考えで理解している。
キルギスでは、こちらにしてみればまだ冬本番と呼ぶにはあたらないとはいえ、関東出身の私にしてみれば十分に冬になっている(ちなみに、北海道にも在住経験がある。あの寒さと比べれば私がいる地域は、暖かいということになるが…)。
そんな寒さの到来したキルギス、ボコンバエバ村なので、星空はさぞきれいだろうから、天体観測も楽しいだろうと思っていたが、さにあらず。
一つには、以前にも書いたが、あまりの寒さに、家の外に出て5分も空を見上げているというのがしんどいのである。天体観測ファンは、そういうことも見越して、防寒の態勢も整えて観測に望むのだろうが、私にはそこまでの真剣さはないので、この時期の天体観測は億劫だと感じてしまう。
もう一つ、天体観測が楽しくない理由は、寒さが増して星がよく見えるようになると思っていたのに、むしろ夏場よりも星が見えづらくなっているのである。
ここ最近の天候は、雲がかかっている日が多く、日中でもどんよりしている。夜、そのまま雲が晴れなければ、当然、星は見えない。
だが、雲が晴れている夜でも、夏の時季よりも見える星が少ない。これ如何に? 星座の配置が変わって、今の時季は見える星が少ないのか? そんなことはあるまい。
夏場よりも星が見えないことを不思議に思っていたのだが、夜、トイレに行く際、隣家の家の煙突から煙が上がっているのを見て気付いた。
冬場は各家庭で石炭・薪を焚く煙が出て、大気が霞んでいる、のだ。
これなら冬場に星が見えづらいことが説明がつく。夏場も、炊事や風呂で薪を焚くことはあるが、冬場はそれに加えて暖房用にも焚く。しかもこの場合は石炭を使う家もある。現在は電気ストーブ、電気ヒーターを使っている家もしばしば見かけるが、それでも全家庭がそういうのを使っている訳ではない。ペチカ(ロシア語で「暖炉」)で石炭・薪を焚いている家もたくさんある。
と、勝手な観察と解釈で、新たな発見をしたのである。だが、それにしたって、日本の町で見るよりは全然たくさんの星が見えているだけれどね。
「冬の星座」という歌があったが、あの中では確かオリオン座が歌詞に出てきたように記憶している。
そんなことがあってか、冬の星座と言えばオリオン座が筆頭に思い浮かぶ。オリオン座は見つけやすいというのもある。冬の星座の代表格と言えるだろう。
10月の半ばには、夜1時頃にトイレに行くことがあれば、東のほうの空にオリオン座の姿を認めるようになっていた。「ああ、オリオン座が出てきたな」と思っていたのだが、そのオリオン座の出現時間は日に日に早くなってきている。
夏場、日本から持ってきた星座観察の入門書を片手に、夜、外に出て星座を眺めていた。街明かりがほとんどないので、観察条件はすこぶるよろしい。おかげで、この歳にして夏の大三角、はくちょう座、こぐま座などが、どの天体を指すのかを知った。
その調子で、秋・冬の星座も観察したいと思ってはいたが、いかんせんこの寒さ…。屋外にあるトイレに行く往復に空を見上げるが、とてもとても、本を片手に10分はおろか5分程度でさえ外にいるのは嫌になる。
冬のほうが気温が下がって、空気の透明度が上がるのだとか。だから、星座観察には冬のほうが条件はよいのだろうが、寒さという点では、冬のほうが条件は悪いのである。
世界最高性能の電波望遠鏡が観測を開始したとニュースがあった。熱心な天文ファンという訳ではないが、宇宙の始まりだとか、地球に生物が発生した要因とかに関心があるので、こういうニュースも一応、私の関心にとまる。
この世界最高性能の電波望遠鏡の名前は「ALMA」と言うのだそうだ。ん? 「アルマ」って…。
キルギス語で「АЛМА(アルマ)」とは「りんご」のこと。ひょっとして、キルギス語にからネーミングしたのか、と気になった。キルギス語からだとしても、なんで「りんご」なのか?
それでもって、国立天文台のサイトのニュースリリースを見たら、やっぱり、当然、「ALMA」はキルギス語とはまったく関係がなかった。ALMAは「アタカマ大型ミリ波サブミリ波干渉計:Atacama Large Millimeter/submillimeter Array」の頭文字を取ってネーミングしたんですな。アタカマというのは、電波望遠鏡が設置されているチリの場所の名前。
なんか、自分の頭ん中で、色々な単語が混乱して収まっている感じだ。アルマみたいなことが、他にも時々ある。
日本でKARA(カラ)という名のグループがいるらしいが、キルギス語を含む中央アジアでは「カラ」は「黒い,黒色」を表す。関係ないんだろうけどね。
日本の百均ショップに「Seria」というチェーン店があって、これはマレー語で「スリア」と読んで「陽気な,明るい」という意味の単語である。どうして日本の百均ショップでマレー語からネーミングしたのかと、ずっと気になっていたので、今日、アルマの話題のついでにSeriaのサイトで調べてみたら、会社名の由来はイタリア語の「seria」からで「まじめな」という意味だそう。読み方も「セリア」でちょっと違った。
天文の話から始めたけど、オチは言葉の話題となってしまった。
前の記事で「獅子座流星群が見られる」と書いたのは、「ペルセウス座流星群」の誤り。獅子座だと聞いたと思い込んでしまったが、人と話していてペルセウス座であることが分かった。
で、8/13の夜、22時くらいに空を見上げてみたが、月が明るく、星は見づらい状況だった。ペルセウス座流星群は、月が出ていても見られるくらい明るいらしいので、ねばれば一つくらいは見られたかも知れないのだが、この日の夜は寒かったので、ねばる気も起こらず、あきらめて部屋に入ってしまったとさ。
また来年、日本で。
昨日の夜、キルギス隊の仲間から電話があり、電話を取ると開口一番「今、星見てます?」とのこと。随分粋なことを言うなと思ったら、昨日あたりが獅子座流星群のピークだという話であった。
満月に近づいている月が、日没前から空で輝いていて、星の観察には条件が悪い日であったが、彼曰く「がんばれば見えます」とのこと。私も屋外にあるトイレに行った際に空を見上げてみたが、そんなにタイミングよく星は流れず、寒いのですぐにあきらめて部屋に引っ込んでしまった。
数日前にこのブログで、星の写真をアップしたが、その写真を撮った時、10分に一度くらいの割合で流れ星が飛んでいた。ひょっとしたら、あれも獅子座流星群だったのか。
(ちなみに、その隊員からの電話は別の用件がメインであった。星座鑑賞のお誘いで男に電話をしたって、彼も面白くないだろうしね、当然だわ。)
日本では、一眼デジカメを使っている人はもう珍しくなくなっている。ミラーレス一眼なんてのも出ている。カメラの機能がますます良くなっているから、カメラまかせできれいな写真が誰でも撮れる。
さて、私はというと、一眼デジカメはほしいと思いつつ、今回の協力隊参加に際して、新たに一眼デジカメを買うこともなく渡航してきた。持っているのはコンパクトデジカメのみ。
先日(8月6日~7日の夜)、そのコンパクトデジカメで星空撮影に挑戦してみた。
Canonのもっとも安いモデルだと思われるPower Shot A490というデジカメ。「長時間撮影」というモードがあるので、それの最高の15秒に設定し、カメラを固定してシャッターを押す。すると、こんな感じの写真が撮れた(クリックすると少し大きめの写真が開く)。
北斗七星も写っていたゾ!
これはカシオペア座と北極星。
コンパクトデジカメといえども、結構やりますな。というか、こんだけ星が撮影できるキルギスの夜がすごいとも言える。
(語呂合わせの利いたタイトルのつもりであったが、どうもねぇ…。)
キルギスと日本の時差はマイナス3時間。キルギスのほうが3時間遅い。
時差が-3時間だから、短波放送で「夜7時のニュース」を聴くのは夕方4時。日本でこのニュース番組を聴く時は、「もう夜だな」という感じがあったが、こちらでは夕方になりかけくらい。特に夏季は陽が長いから、夕方4時でもまだまだ真っ昼間という感覚のほうが近い(4時というと、仕事のある時は聴けないことも多い)。
NHKラジオの「ラジオ深夜便」なんかもたまに聴くが、アナウンサーが「夜1時台のコーナーは…」と番組を進めている時も、こちらはまだ夜10時。日本で聴いている人たちは、深夜の雰囲気の中にいるのだろが、こちらはまだ深夜と呼べる時間ではない。
短波放送の聴取感覚の違いは、別にどうという話ではないが、困るのが日本にいる相手と電話をするような時だ。例えば夜9時なら、親しい者同士ならまだ電話をかけても許される(と思う)時間であるが、時差のことを考えると日本は深夜0時で、そんな時間に電話を鳴らすのは不躾である。
電話をかけるのは実家くらいであるが、ふと何かを思いついて「あ、電話しようかな」と思うのだが、日本の現地時間を考えると電話を躊躇することもある。
このことは電話だけではなく、メールでも同じだ。「メールなんて好きな時間に読めるから、構わないだろう」と思いがちだが、やり取りのある友人・知人の中には、携帯メールを連絡先にしている人も多くいるので、そういう相手には、こちらがメールを送信した時に、ほぼ時間差なしで向こうの携帯の着メール音が鳴ってしまう。
相手が深夜族だと分かっているならさほど罪悪感はないが、殊に乳幼児の育児中という相手には気を遣う。やっと子供を寝かしつけたところに、着メール音が鳴って起こしてしまっては…。いつ電話をするか、メールを送るかは、さじ加減が必要なのである。
ちなみに、前回派遣国のマレーシアと日本の時差は-1時間。これだと、あまりずれた感じはなかった。いや、考えてみれば3時間だって、時差としては少ないほうだ。アフリカ、中南米に行っている協力隊員は、時差10時間とか12時間とかも普通だ。日本とは昼夜がまったく逆になる。もっとも、時差が-22時間みたいなことだと、それは+2時間と同じことになるが。
6月16日の夕方に、皆既月食が起こったそうである。
日本では、観測できる緯度のところでも、わずか5分程度で月が地平に隠れてしまうような条件だったらしく、天文ファンにしてみたら残念ではなかったかと思う。
皆既月食のことを聞いていたので、よし、キルギスで見られるか観測してみようと思っていたのに、昨日のその時間はすっかり忘れていた。
そもそも、日本との時差は-3時間なので、こちらはまだ明るい時間だったと思う。明るくても月が出ていれば見られたはずだが、実際はどうだったんだろう…。
昨日は雲が多かったから見られなかったことにしよう。「きつねとブドウ」のような感じだナ。
これを書いている今は、日が替わって6月1日深夜。今日あたりが新月にあたっているようである。
村には街灯が少ないから、月明かりがないと外はほんとうに真っ暗である。夜、何も見えないというのを、日本の町で暮らしている者には分からないかも知れないが、本当に真っ暗である。
こういう時に一番嫌なのが、夜のトイレである。こちらではトイレは外にあるのが普通だから、用を足すためには暗闇の中を行かなければならない。もちろんライトはあてながら行くが、ライトで照らす所以外は何も見えず、うっすらと見える木の枝などが、かえって不気味さを増す。
こういう暗闇に身を置くと、「その木の陰に、不審者が斧でも持って潜んでいるんではないか」などと余計な想像をしてしまう。ホラー映画のせいで、そういう想像をしてしまうのか…。
用を足している時も、後ろから襲ってくる奴がいるかもと心配で、背後を気にして、半身になりながらである。書いていると笑えるが、その際中はハラハラしているのであるから、笑わずにいただきたい。
さて、便所への往復の間、家の近く・遠くから犬たちの吠える声が絶え間なく聞こえてくる。これは新月の夜に限ったことではなく、どんな時でも犬の吠え声が聞こえぬ夜はない。日本の都会では、犬は室内飼いするのが一般的になっているように思うから、夜中に犬が吠えるのも昔ほど耳にしなくなった。しかし、ここでは室内飼いなどする家はないから、犬たちは外で「番犬」としての務めを果たして吠えるのである。
ま、犬ならば正体も分かっているから、そう怯えることもないが、もしこれが他の動物の鳴き声であったら、さぞ不気味であろう。その時、私は、かつて火の利用方法も知らなかった我らのご先祖の人類を思う。彼らにとって、夜は恐怖以外の何ものでもなかったはずだ。
牙も爪も、際だって武器といえるほどではなく人類にとって、暗闇に響く他の肉食獣たちのうなり声・吠え声は、ホラー映画の恐怖どころではなかったと思うのだ。
たかが便所への用便であるが、こんな深い(?)思索に到る、新月の闇夜である。
とうに日数が過ぎているが、旧ソ連の国にいて、キルギス人からちょっとだけ話が出ていたのでブログに記録しておく。
4月12日はガガーリンの記念日だったとのこと。その日に、職場のスタッフから「今日は宇宙の記念日だぞ」みたいなことを言われ、どうしてかと尋ねると「ガガーリン…(あとは聞き取れず)」と言っていた。
ガガーリンと言えば、人類初の宇宙飛行をした人物だから、日本人の私だって知っている。4月12日はガガーリンに縁《ゆかり》のある日だから、記念日になっているということだろう。
しかし、「縁」と言ったってどういう縁なのか。誕生日なのか、宇宙飛行に成功した日なのか。こういう時はウィキペディアで検索。色々と批判もあるし、私もすぐにウィキペディアで検索する癖は、自分で物事を調べる能力を劣化させていると思いつつも、すぐに情報が出せて便利なのと、海外にいる現状では仕方ないと割り切って(言い訳して)使ってしまっている。
◆ウィキペディア
「ユーリイ・ガガーリン」の項
記念日になっている4月12日は、1961年に彼が宇宙飛行を成功させた日であった。ウィキの記事には、当時の東西冷戦を背景に、色々なエピソードが書かれていておもしろかった。今の20代の人には「冷戦」なんて言っても、実感がないんだろうね。当時は「ソ連は自国に都合の悪い情報を隠している」と、ソ連政府を悪く言ったものだったが、考えてみれば、どの時代だって為政者は自分の都合の悪い話は出さないものだ。問題はどこまでを「都合が悪い」と捉えるかの差である。
ウィキの「ガガーリン」の項の中にあった、アネクドート(анекдот)も愉快であった(「アネクドート」とはロシア語で「ジョーク小咄《こばなし》」のことである)。
ちなみに、キルギスではこの日は祝日でもなんでもなかった。
あ、宇宙の話だから一応「天文」のタグを付けておこう(「天文」タグは久しぶり…)。
「だいぶ春めいてきた」とブログに書いたのだが、一昨日(日曜)と昨日は小降りながらも雪がちらつく寒さ。「Кайра кыш келди.(カイラ クシュ ゲルディ=冬が再び来た)」と、ちょうど覚えた「再び」というキルギス語の単語を使ってみた。
ホームステイ先のお母さんが「明日は暖かくなる」と言っていた通り、本日は快晴。
暖かくなってきたとは言え、こうして寒さが戻る日もある。なんと言っても東北・北海道と同じ緯度だから、5月くらいまでは寒い日もあることを覚悟しておく必要がありそうだ。
そういえば、日没の時間はずいぶん遅くなった。20時くらいまで陽射しが薄く残っている。札幌近郊に暮らして、冬を越したこともあるが、あそこでは4月の日没はもっと早かったと思うのだが…。これは緯度だけでなく、標高も関係があるのかも知れない。
地震の被害が拡大している渦中に、場違いな記事と誹《そし》りを受けるかも知れないが、この地震の発生の2日前にたまたま読んでいたネット記事のことを思い出し、たまたまブックマークしていたのでブログに貼り付けておく。
3月19日、19年ぶりに月が地球に最接近! 「地震や火山活動を引き起こす」という説も
http://rocketnews24.com/?p=79206
この記事を読んだからといって、「月の接近で大地震が起こった」ということにはならないだろうが、一つの要素として覚えておいてもよい話だと思う。月の引力で、潮の満ち引きが起こるのだから、マグマの類も何らかの影響を受けたとしても不思議ではない。
記念のための投稿。それ以上の意味はないので、あしからず…。
次は2011年11月11日。
平成22年2月2日、同22日。
誕生日とか、新年とか、(私には関係ないが)結婚記念日とか、毎年繰り返されるようなものには興が乗らない私であるが、数字が規則性をもって並ぶ日には、なぜかドキドキわくわくする。
そういう日にしたって、人為的に定められた暦の上での話であって、自然界に「2011年」なんてものがあるわけじゃない。しかし、「時間は二度と繰り返されない」というのを体現している感じがある。そこが私にとってはいいのかもね。
同じ数字が並ぶという以外にも、
1987年6月5日4時32分
というのもあった。こういう並びだと、今後は
2109年8月7日6時54分3秒 (←「3秒」って強引?)
2198年7月6日5時43分
2345年6月7日8時9分1秒 (←また「1秒」って!)
このブログを書いている私にも、読んでいる方々にも関係のない頃の話かな…。今回は「暦」の話なので、カテゴリは「天文」に入れることにする。
あ、そう言えば、2011年1月1日のことは忘れてた!
星座のことを書いたついでに、「Mitaka」という天文シミュレーションソフトについて書いておく。
このソフトは、国立天文台が無料で提供してくれているソフト(フリーソフト)である。
半年ほど前に、ウェブ上で天体のことをお勉強できるサイトはないかとあちこち見ていたら、たまたまこのソフトのことを知ってダウンロードしてインストールした。画面の一例である。
インストールをしたものの、このソフトを楽しむ前提となる知識がまず不足しているようで、正直、今のところ頻繁に使っている訳ではない。せめて、星座の位置くらいは覚えたいものだ。
Mitakaにはかなり色んな機能がついているようで、視座・視野を変化させたり、時間を進めたり戻したりといったことができる。例えば、時間をずっと進めたある日時の太陽系の惑星の位置を見てみる(ということを知りたい興味は今は私にはないのだけれど、こういうことに興味が尽きない人もおるはずだ)。
西暦11155年1月6日日本時間2:25の太陽系惑星の位置である。西暦11155年!! 私にしてみると、この頃に人類様が存続しているとはどうしても思われない。したがって「西暦」などいう言い方も彼の時には存在していないことになろうが、それはさておき、今から9143年後(←これだって西暦を基準にした時間だ…)の太陽系はこんな感じになっているんだと。
天文の話というのは、こういうスケールで話が進むから面白いし、時に恐怖を覚えさえする。「太陽は今から50億年後には膨張して惑星を飲み込んで、その後燃え尽きます」という話とか、私にもこのブログを読んでいる誰にも(知的興味は別にして)全く関係のない話なのに、「太陽が燃え尽きる」と聞かされると、「えぇ~、どうしよう、どうしよう!?」という気分になってしまう。
こういう面白いソフトを国立機関が作っているんだから、もっと宣伝したらよいのに…。開発するのも苦労したと思う。Mitakaを十分に使っているとは言い難い私であるが、感謝の気持ちも込めて紹介した次第。
≪Mitaka Ver.1.2.0 (←私がインストールしたバージョン)≫
国立天文台4次元デジタル宇宙プロジェクト
開発者:加藤恒彦(大阪大学/4D2U)
公式HP:http://4d2u.nao.ac.jp/html/program/mitaka/
※調べてわかったのだが、天文関係の出版物や、歌手のビデオクリップにもMitakaの映像が使われているそうだ。上記サイトに色々書かれている。