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2012/05/28

Вокзал Бишкек(Bishkek Station)

Я снимал фотографии вокзала Бишкек. (Pic1)

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(Pic1: Вокзал Бишкек/Bishkek Station)

По правде говоря, он назвается “Вокзал Бишкек 2”. Однако я не знаю, где первый вокзал находиться…

Отсюда могут ездить в  Москву. (Pic2)

時刻表
(Pic2: Железнодорожное Расписание/A Timetable of departures and arrivals)

These are photos of Bishkek Station.  Actually the name of station is “Bishkek Station 2”. Maybe, the Station 1 exists somewhere in Bishkek, though I don’t know where it does.

You can travel to Moscow from this station. It seems that every 4 days a trains depart from here, and also arrive to here.

Pic3 & 4 are trains which are standing by at the station. I think cars of trains are more than Japanese trains.

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(Pic3)

ビシュケクの鉄道駅。「ビシュケク駅2」と書いてあった。「2」ってことは、どこかに「1」もあるはずだが、どこにあるのか私は知らない。(Pic1 駅舎外観)

時刻表を見ると「ビシュケク-モスクワ」とあり、ここからモスクワまで行けることがわかる。駅員らしき(もしくは警備員)男性に訊いたところ、モスクワまでは4日かかるそう。(Pic2 時刻表)

私が行った時はいつも客がいなくてがらんとしているのだが、鉄道の出発・発着の日であれば人出があるのかも知れない。そういう時の駅の風景も見てみたいものだ。

train
(Pic4)

Pic3と4は、線路に停車していた車両の写真。Pic4の青い車両は動いて、旅客車両との連結作業をしてたみたいだった。鉄道マニアが見たら何の作業かだいたい察しがつくのだろうが、残念ながら私はその方面はとんと知識がなく、「あ、動いてる」程度の認識。動画も撮ったので、機会をみてアップしておく。

2012/04/09

本日のあんず花

apricot2

apricot1

薄曇りの中、コンパクトデジカメのマクロモードで撮影。もっと色彩感を出したり、コントラストをはっきりさせる撮影テクニックがあるのだろうが、私の力量ではここまで。

でも、ビシュケクでも桜のような花が咲いていることは伝われば、それで良しとする。

2012/04/06

ビシュケク、開花宣言!

今日の昼休みに、自分のランチを買いに、職場の近所の小店まで出た時に、樹に白い花が咲いているのに気付いた。

apricot1

あんずの花である(たぶん)。あんずも桜もバラ科の仲間で近いらしい。花を見るとすごく似ている。

キルギスに来たばかりの頃、ホームステイしていた家の人から新聞記事の切り抜きをもらった。イシククル湖の南岸にТамга /タムガ/という村(町?)があって、そこにサナトリウム兼保養所がある。そこは、かつてソ連に抑留された日本人捕虜たちが強制労働で建設に携わったサナトリウムだと書かれていた。記事のタイトルは「日本兵たちはあんずの花を見て故郷の桜を思い出した」みたいな感じだった。それほどあんずと桜の花は似ているということだ。

テレビの天気予報を見ていると、ビシュケクの最高気温は22~23℃と表示されている。日中は半袖で歩いている人もたくさん見かける。つい3週間前くらいまではまだ寒いと思っていたのに、何という変化の速さ。北海道の4月といえばまだ肌寒かったと記憶している(ゴールデンウィーク頃に降雪を経験したこともあった)。

あんずの花も、昨日までは気付かなかったから、今日になって一気に開花したのだろう(私が不注意で見ていなかったというのも大いにあり得るが)。今日一日でも、2時間ほどの間に蕾だったのが徐々に開いているのが見て取れるほど、どんどん咲き始めている。

今日は仕事を早めに切り上げた(というか、木曜日は私以外のスタッフは誰も来ない…)ので、いつもは乗らないマルシュルトカ(147番だった)に乗って終点まで行ってみた。

案の定というか、まったく知らない方へどんどんと進んで行く。他の乗客が全員降りる所がすなわち終点である。降りたあたりは、一度、何かの通り道で見た憶えのある場所であったが、地名や通りの名は分からない。

集合住宅街であったが、ここでも桜が、--おっとっと--、あんずが咲いていた。

apricot2

川もあって、春の陽気の中で開放感のようなものを感じつつ、ブラブラと小1時間歩いた。

river
(向こうのほうに立っている煙突はビシュケクのランドマークになっている気もする)

今は19時過ぎてもま だ明るい。20時近くでもまだうっすらと日は残っている。同じくらいの緯度でも札幌ではそんなことはなかったと思うのだが。

昨年のこの時季はバコンバエバ村にいた。あんずが咲くのはもうちょっと先だったと思う。イシククル湖北岸のチョルパンアタであんずの花を見たのも5月頃だった。キルギス国内でも地域差がある。

2012/03/26

ビシュケクの春は近い?

3月25日、ビシュケク市内の「エルキンディック(Эркиндик)」という数ブロックに渡って公園になっている通りの様子。

Erkindick Street

まだ街路樹の枝は裸のままだが、雪は完全に溶けきっている。もう雪が降ることはないように思うのだが、現地の人も「まだ分からない」という感じらしい。北海道でも4月に雪になることもあるからなぁ。

任地変更となって、村で心残りだったのが、春の訪れで庭のあんずや梨の木が葉を付け、タンポポが一斉に咲き乱れて黄色い絨毯のようになるのを見られなかったことだが、首都には首都の春の風景があるはずである。どんなふうに町の様子が変わるのか、楽しみである。

2012/02/26

Guess what this tree is. この木、なんの木?

久しぶりに、ブログのアンケート機能を使ってみることにしよう(アンケートというよりクイズだね)。
前回の満月に近い頃、ホームステイ先の庭で、樹木越しに月を撮影してみた(陰影は画像ソフトで修正をしている)。

pear_moon

さて、この木はなんの木でしょう?

4択ということで、

  1. りんごの木 (Apple’s tree / яблоня)
  2. 洋梨の木 (Peer’s tree / грушевое дерево)
  3. ポプラの木 (Poplar’s tree / тополь)
  4. 血管(Blood vessels / кровеносные сосуды)
この中のどれでしょう?

正解は1週間後くらいに。

2012/02/25

ディア~! ありえん!

deer

自分の撮った写真データを見直していたら、こんな写真が…

ちょっと不思議な写り方になっていた。プロとか愛好家なら、こういうアングルを狙って撮るんだろうけど、私の場合は偶然。でも、自分ではお気に入りの一枚になった。

鹿は、英語でdeer /ディア/、ロシア語はолень /アリェーン/。おそまつ。

2012/02/10

Кристаллы снегов/ Crystals Of Snow/ 雪の結晶

手ぶれ撮影になっているが、雪の結晶体の形は分かる。

crystal

日本語では「雪の結晶」と書いたが、ロシア語・英語では「雪」とか「結晶」を単数形にすべきか、複数形にすべきか迷った。

結局、ロシア語では「雪〈複〉の結晶〈複〉」で、英語では「雪〈単〉の結晶〈複〉」と書いた。英語を勉強した時に、なんであんなに単数・複数だとか、定冠詞・不定冠詞のあるなしにうるさいのかと疑問で仕方がなかったが、日本語を外国語として学ぶ人たちからすれば、それらの表現が必ずしも日本語では必須ではないことに戸惑うのだとも想像される。

たまに日本語学習者が「3つのトマトたちをください」みたいな“ヘンな”日本語を使うのを耳にするが、あれはおそらく彼ら・彼女らの母国語のクセが影響しているんだろう。

(あら、結局、いつもの言語比較ネタになってしまった…)

2012/02/09

Сосульки/ icicles/ 氷柱

土日に降り積もった雪だったが、その後数日、日中の気温が高くなり、屋根に積もった雪が溶けている。

屋根には陽が当たるから温度が上がって雪が溶けはするが、気温自体は氷点下だから、滴る雪は落ちながら凍る。そして氷柱《つらら》が形成される。

tsurara

tsurara2

昨冬は屋根に雪が積もることがなかったから、こんな氷柱にお目にかかることはなかったが、今年はあちこちで見かける。落下による怪我に注意しなければ…。

日本でも、例年は雪が積もらない地域でも、今冬は雪が降っているようなので、氷柱・雪の落下にはご注意を。

2012/01/15

冬の乗馬

年明け、1月にキルギスのとある村で乗馬をした。その村はキルギスでも最寒と言われる地域で、雪が積もり、日中の最高気温も0℃を超えないような村であった。
乗馬
夏の終盤、9月の1週目に、乗馬をしたのだが、 その時はまだ山に緑が残っている頃だった。
こうして、雪の中を馬で進んで行くのも、また興のあるものだった。

樹氷

こんな樹氷も見られましたぞな。

2011/12/26

動物写真

自分のパソコン内の写真データを整理していたら出てきた動物の写真をまとめて掲載。

camel

移動中の車から見たらくだ。野生のらくだなのか? カラコルの動物園では柵の中のらくだは見たが、原っぱにいるらくだを見たのは、後にも先にもこの一回のみ。

kagero

蜻蛉《かげろう》。今年10月下旬、ビシュケクのマンション内の階段の踊り場にいたところを見つけた。このマンション、私がキルギス到着直後の現地研修の間にお世話になったホームステイ先の家族が引っ越した新築の物件で、別の隊員と一緒に挨拶に行ったのであった。既に何部屋か入居して住み始めているというのに、エレベーターがまだ完成しておらず、私たちの訪問先の家族が住んでいる9階まで階段で上っていった。

内装は「高級マンション」感がアリアリで、当然、住人もかなりの高所得者だと思うのだが、その人達が階段を上り下りしているのがなんとも不釣り合いでおかしかった。まして、高層階に行くほど価格は高いはずだから尚更…。この蜻蛉の写真を見るとあのマンションを思い出す。

imomushi

今年9月、ボコンバエバ村から車で30分ほどの標高2000mあたりの山を歩いていた時に見つけた芋虫。どんな虫の幼虫なのかはまったく分からない。こういうのは、大抵、蝶とか蛾の類になるんではないのか? 成人男性の中指くらいの大きさ(と言われて、中指を立てないように!)。

 rabbit

うさぎ。この写真のうさぎは、鷹匠《たかじょう》のショー(と言ってよいのか?)のために人間が飼っているもの。野生のうさぎは、キルギスで私は2回見たことがあるが、2回とも一緒にいた人が「あ、うさぎだ!」と言うのでその方を見ると、岩陰に走って隠れていくうさぎの後ろ姿なのであった。本当に一瞬。一秒にも満たない間であった。

そういえば、今年は卯《うさぎ》年だったのね。来年は辰《たつ》年か。さすがに辰(龍、竜)の写真は撮れないと思うが、いやしかし、世の中何があるか分からんからね…。

2011/10/17

キルギス人よ、お前もか!

先日ブログにアップした紅葉の写真を撮りに村の中を歩き回っていた時、こんな落書きを見つけ、ほくそ笑みながらシャッターを切った。

フルーツポンチ

説明はしない。それぞれお好きに解釈をしてもらえばよい。

お日様

図柄が、日本もキルギスも同じ様なのが私にとっては発見であった。まあ、人種は違っても、そのあたりの構造は違いはないから、同じ様な図柄に落ち着くのが当然である。

こういうのを描くのは、大体、中学生くらいの男子だろう。その年頃の男子が考えることも、万国共通ってことか(マレーシアでもこの手の作品は見た。公園のベンチのあたりだったかな)。

2011/10/16

大統領選挙 候補者の広告

10月30日にキルギスでは次期大統領を決める選挙が実施されるが、今は候補者が得票のための選挙運動をしている期間である。

村の中でも、あちらこちらに政党・候補者ごとのキャンペーン広告が出ている。

選挙看板1

電信柱に貼り付けるような紙の広告もあるが、写真のように道路沿いの掲示板を使っても広告幕を出している。

選挙看板2

上記写真の看板の裏も別の候補者の広告が出ている。

日本の選挙では、こんな大きな広告は見たことがない。規制されているはず(そもそも大統領選挙自体がない)。

この写真を撮りに行ってわかったのだが、いくつか別々の政党が「我々は○○を応援する」と広告を出していた。現地人の話でも、その「○○候補」がほぼ当選間違いないよう。いわゆる「相乗り候補」という状態になっているようだ。現政府の中でも要職についているし、安定感があるのだろう。

そのせいなのか? 昨年の議会選挙の時ほど、選挙運動が盛り上がっていない感じがするのだ。昨年の選挙では、広場に歌手が来て歌ったり、たまに政党の幹部が遊説に来ていたんだけれど、今年はまだ一度しか見ていない。昨年はカメラを向けたものか迷って、あまり写真が撮れなかったから、今回の選挙キャンペーンでは写真を撮ろうと思っていたのに…。

2011/10/14

村の紅葉

私の住むボコンバエバ村、秋から冬に向かうところで、木々の紅葉が進んでいる。

街路樹の紅葉

ちょっと分かりづらい写真か…。葉が黄色くなっているのを撮ったつもりだったが、いまいちよく写っていなかった。ただ、路上に落ちている葉が黄、オレンジ、赤っぽいのはお分かりいただけると思う。

紅くなった葉

これはどこかの家の道路沿いにあった木の葉。赤くなっていた。

現地の人は、木々が紅葉することには大して感心がないよう。話題にも出ない。ただ、私が路上で紅葉の写真を撮っていたら、通りがかりのおじさんが「何を撮ってるの?」と尋ねてきて、「葉の色が変わってきれいだから撮っている」と言うと、「そう、秋はきれいだよな」と返してきた。カメラがないから撮らないだけで、村の人達も葉の色が変わり始めていること、その色がきれいだというのは心に留めているのかも知れない。

私の任期は7月までだから、来年、もうキルギスでこういう紅葉は見ることはない。

2011/10/11

道路白線引き

村の学校の前を通る道で白線を引く作業がされていた。

hakusen

写真ではちょっと分かりづらいが、左に映っている人のあたりに、路面に凸型の構造物も設置された。これにより、車はここで一度減速せざるを得なくなった。この道は、村の中のメイン道路で車の往来が多かったから、学校の前にはこういう物が必要だと予算がついたのか。

そういえば、マレーシアではこういう凸型構造物がよく路上に設置されていた、と思い出した。日本ではあまり見ることはないように思う(病院などの駐車場とかにはある気がする)のだが、外国では結構あるのだろうか。

2011/10/03

キルギスの墓地

キルギスの墓地

おそらくほとんどの文化でそうだと思うが、墓地というのは集落の外れに設けられている。墓というのは、そもそも何らかの宗教観に基づいて作られていると言えるから、死んだ者は「あの世へ行く」とか「生まれ変わる」存在として位置づけられる。この世と別の(次の)世界を結ぶ存在。

内(この世)と外(あの世)を結ぶ存在として、集落の内と外の境界線近くに死者の場所は作られる。

以上、文化人類学の話で読んだか聞いたことの受け売り。

キルギスの墓地も、ことごとく村の外れに作られている。すべてではないが、山の側に墓地があることが多いような気がする。キルギスは山が多いから、村外れに場所を求めると必然的に山の近くになってしまうのか、それとも死者と山と何か結びつけて捉えているのか。

イスラム教徒であるため土葬である。こちらでは、墓碑に故人の顔のレリーフみたいのが埋め込まれているのが多い。日本人は墓に生前の姿を刻むことはないように思う。日本人は遺影を仏壇とかに置くから、墓のほうには故人の姿を現すものは入れたくないのだろうか。

墓碑

三日月のマークが入っているのも、イスラム教の印である。

墓の形、大きさは色々あるが、中にはモスクか礼拝所みたいなのもある。実際、私は最初それは墓参りの人が礼拝をする場所みたいな共同使用する建物なのかと思ったのだが、個人の墓だと聞いて驚いた。

建物型の墓

あんまり勘ぐるのも良くないが、墓の大きさとか装飾は、生前の故人、あるいは遺族が他人に見せたいという思いで決めているところもあるんではないか、と…。「宅ではこんな墓を建てたんざます」というのが、なきにしもあらずというところでは。そういうのは、どこの文化でもついて回る人間の心理だ。

墓の話でふと思ったのだが、キルギスで幽霊とかお化けの類の話は聞かない。いや、ひょっとしたら私の語学力で聞き取れていないだけで、そういう話は結構しているのかも知れない(←この問題は常につきまとう…)が、マレーシアの隊員時代を思い返すと、何度もその話題をされた(「日本の幽霊はどんなのがいる?」という質問)のが、キルギスではまだ一度もない。

その辺、どうなんだろう?

2011/09/16

キルギスの相撲

大相撲秋場所の最中だからというわけではないが、キルギスにも相撲があるので紹介する。

先日8月31日の独立記念日などの村全体でのイベントの時に、相撲をやっているのを2回見た。イベント会場である運動競技場にマットを敷き、競技者(力士)2名と審判1名が上がる。観客はマットのギリギリまで詰め寄っている。

sumo1

力士は上半身裸になり、腰に柔道の帯のようなものを巻いている。取り組みは両者が組み合って、互いの帯をつかんだ態勢から始める。このあたり、(私は詳しく知らないのだが)モンゴル相撲と同じなのではないか。ともに遊牧民族として民族的・文化的にルーツが共通しているところが多いようなので、不思議なことではない。

sumo2

審判のかけ声で取り組みが始まると、互いに相手を倒そうと足をかけたり、帯を頼りに揺すぶったりする。もつれて両者、あるいはどちらかが倒れることもあるが、技によって倒れたと認められない場合は勝敗は付かず、両者再び中央に戻されて組み合いの態勢からやり直しである。また、マットから出ても取り組みを中断し、中央からやり直す。バランスを保つために手をついても、負けにはならない。

sumo3

日本の相撲との違いは、

  • 取り組みは、両者が組んだ態勢から始まる(「立ち合い」がない)
  • 頭・手・腕・膝を付いても負けにはならない(技によって倒された時に負けになる)
  • 「押し出し」による勝敗はない(マットは単に安全のためにあるようである)
  • 神事として行われている感じではない(あくまでも私の観察)

というところであろうか。

膝を付いても勝敗には関係はないが、膝をついた状態で組み合うことはない。この点、レスリングとは異なる。技によって勝敗を決める点は柔道に近いように思う(本来のルールとは違うと思うが、マットから出たら「場外」となる点も)。

日本のプロ相撲界はモンゴル人力士が隆盛を誇っているが、モンゴル相撲出身者が日本の相撲で活躍できるなら、どうであろう、相撲部屋の関係者の皆さん、キルギスにもいい素材はいるかも知れないから、スカウトに来てみては?

2011/09/15

デジカメが変えたもの

先に書いた「写真撮って」というタイトルの記事のくり返しになる話だが、こちらでは、カメラを持っている人が少ないから、私がカメラを持っていると「写真撮って」と頼まれることがよくある。

「さあ撮りましょう」となれば、必然的に“記念撮影“的にポーズでの撮影、つまりみんなが横に並び、あるいは前後2~3列になって「1,2,3、カシャ」という感じになる。

shashin
(家族の記念写真を頼まれることも多い)

誰かのお宅にお邪魔させてもらうと、そのうちの家族の写真を見せてくれることがある。その家族の歴史を語る貴重な写真で、すでに亡くなった人や、遠くに出稼ぎに行った人も写っていて、「この人は今はどこどこにいるんだよ」みたいな話を聞かせてもらえる。

ただ、写真のほとんどが記念撮影ポーズで撮られているので、20枚くらい見ているうちに、どれも同じ写真に見えてきてしまう。

思えば、日本でもフィルムカメラが主流だった頃は、写真というのは大体そんなものだった。撮影する時は、カメラマンが「撮るよ~。レンズ見て~」と言って、(私は嫌いな)ピースサインを作るというのが定番だった。

フィルムカメラは、撮ったその場では写真を確認できず、現像を待たなければいけなかったから、あとでピンぼけとか、レンズキャップの外し忘れなんていうことが発覚するのであった。フィルムは撮影可能な枚数が決まっていて、失敗写真であっても、一度撮ったものはフィルムに焼かれたものは消せず、一枚一枚は慎重に撮らざるを得なかった。

それが、デジカメの普及によって、撮影したその場で確認できる、失敗作は削除できるように変わった。さらにメモリが高容量になって撮影できる枚数が何千枚にもなっているから、バシバシ、カシャカシャと気兼ねなく撮影できる。フィルムカメラを使っていた頃には、道端の草を何枚も撮影するなんてことは考えられなかった。便利になったというか、写真の持つ意味が大きく変わったんだなと感じる。

カメラの前で真面目な顔でポーズを撮る人たい、あるいはそういう写真を見せてもらうたびに、そんなことがふと頭に浮かぶ。

【キルギスの食べ物】レピョーシカ、ボルソック

lepioshka 
レピョーシカ(中央)とボルソック(右)

写真の中央に写っている丸いのは「レピョーシカ(лепёшка)」と呼ばれるパン。キルギスのではなく、ロシアから入ってきたパンだと思う。

レピョーシカは、中央部がくぼんでいて平たく、ふちに厚みがある。窯で焼く時に使う型のせいでこういう形になるのだろう(実際に焼くところを見たことはないので、推測である)。

写真の右側に写っているは「ボルソック(борсок)」という揚げパン。祝いの席には必ず用意される。パンと同じ生地を平たく延ばして、三角、平行四辺形などにカットして油で揚げる。2.5cm×4cmくらいの大きさ。