その癖ヤバイ (3)

赤信号、みんなで渡れば怖くない。

という交通標語を茶化した言葉がある(あれはビートたけしが作ったのだったか?)が、実際のところ、世界的にみれば日本の歩行者は信号を守っているんじゃないだろうか。

キルギスに来て、1年半、村で暮らしていた時は、そもそも信号機がなかった。一ヶ所だけ信号機のある交差点があったが、その信号機は作動していなかったし、交通安全上、その信号機が必要だという状況でもなかった。道を渡る時は、自分で左右を見て安全確認をして行くのである。基本的に、車のほうが「えらい」ので、車が行き過ぎるのを待つ。はねられて怪我をしようと、後遺症が残ろうと、あるいは死亡しようと、日本でと同様の補償金は得られない。

ビシュケクはさすがに、辻ごとに信号があって、基本的に歩行者は信号を守っている。というか、車の交通量が多く、スピードを出しているのが多いので、赤信号を渡るのは危険で、守らざるを得ないのである。

しかし、信号機のある横断歩道がないような道を渡りたいことも当然あるわけで、そういうときは、片側3車線の幹線道路を渡っていく人も見かける。私も必要ならばそういう道を渡る(だって、信号機のあるところまで歩くのって馬鹿らしいでしょ)。

マレーシアにいた時も同様であった。信号機はあるが、設置されている間隔が遠く、「今、ここで」渡りたい場合には、車道を横切って行くしかないのであった。私がいた町は、マレーシア国内では5番目くらいの大きさだったが、盲人も人口の規模に比例して結構いた。その町では、やはり片側3車線の大きな道を、盲人が白杖を上下に降って、ドライバーに見えるようにしながら信号機のない場所を横断して行くのを何度か見た。もちろん車は止まってその人が渡るのを待ってはくれるのだが、それにしても見ているこちらのほうが恐ろしくなるような光景であった。

東南アジアを旅行したことがある人ならば、信号機のないところ、あるいは赤信号でも渡っていく人がいるのを見たはずである。キルギスにせよ、マレーシアにせよ、また別の国々でもそうかもしれないが、これらの基本にあるのは、「安全は自分で確認して判断せよ」ということである。

考えてみれば、至極当然のことである。生物として、その感覚は必要不可欠のものだと思う。

road
(今がチャンスだ、渡れ!)

だから、(話は飛躍するように思われるかも知れないが)、何か事故が起こったような時に、例えば公園の遊具が老朽化していて誰かが怪我をしたような時に「行政は何をしている」と憤る人、学校内での事故があれば「学校の安全管理はどうなっていた」と叫ぶ人の中には、自分の安全を他人に委ね過ぎている人がいるようにも見える。

おそらくキルギス、マレーシアだけでないと思うが、2年間、途上国暮らしをしている協力隊の多くは、「自分の安全は自分で確保する」という感覚を日常的に持ち続けて過ごしている。その一つが信号機のないところでも横断する、赤信号でも安全ならば渡る、ということなのだ。

前回協力隊に参加した後、痛烈に感じたことなのだが、この感覚が日本での暮らしでは不適応を起こす。車が来ていないのに信号待ちをしていることがなんともじれったい。特に最初の1ヶ月くらいは、すごく葛藤していたのを憶えている。その時期は実際に赤信号でも渡っていた。東南アジア的に、まず道の半分まで渡って、そこで一旦車の通行がなくなるのを待って、残りの半分を渡りきるというのもやったことがある。これ、日本でやると非常に危ない。ドライバーがそういう歩行者がいることを想定せずに運転しているからだ。

安全のために交通ルールを決めて、みんなで守るのも大事であるが、一方で人間もそれなりに有している動物的な感覚は鈍くさせられているのかも知れない。

日本に帰って、赤信号を渡るのは顰蹙ものだと分かっているが、前回同様、最初の数週間1~2ヶ月くらいは渡ってしまうだろう(って、威張って書くべき話ではないのだが)。

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