久しぶりにキルギスに来ている。
首都のビシュケクは雪だった。
買い物をしに外に出たが、耐えられぬほどの寒さではなかった。
ЦУМ(ツム、百貨店)も、確か以前、外装の修繕をしていたはずで、韓国の某企業のロゴが大きく出ていた。
街中にはあいかわらず野良犬がウロウロしていた。
「野良犬も住める町づくり」を推奨している私としては、うれしい光景である。
2012~2014年、青年海外協力隊員としてキルギスに赴任。現地での活動・見聞したことを記録するためのブログ。 帰国後も、キルギス関連のネタがあればときどき更新してます。
久しぶりにキルギスに来ている。
首都のビシュケクは雪だった。
買い物をしに外に出たが、耐えられぬほどの寒さではなかった。
ЦУМ(ツム、百貨店)も、確か以前、外装の修繕をしていたはずで、韓国の某企業のロゴが大きく出ていた。
街中にはあいかわらず野良犬がウロウロしていた。
「野良犬も住める町づくり」を推奨している私としては、うれしい光景である。
ビシュケクの中でも中心的な通りを歩いていたら4匹の犬の群(というほどの数ではないか…)と遭遇。
これまでも何度かキルギスの野良犬の話をブログに書いたが、 首都のこんな大通りにも野良犬がいることに、私はちょっとした感動をする。日本で、東京の、新宿のど真ん中で野良犬がいるだろうか?
ふと思ったのだが、日本でたまに見かける車にはね飛ばされて死んだ犬の遺体、あれは日本にも野良犬がいるっていうことなんだろう。
ビシュケクでは野良犬がたくさんいるが、車にはねられて死んだ犬はあまり見ない(村へ移動する途中ではたまに見かけた。おそらく、夜間、暗くてドライバーが気づくのが遅れたり、よけられなかったりしたためだろう)。
野良犬たちを見ていると、結構うまく道を渡るのに驚かされる。
日本も、もっと野良犬たちが暮らしやすい国にならんものかね…。あ~あ、つまんない。
キルギス、イシククル湖の西端にバルクチという町がある。キルギス語で「балык /バルック/」が“魚”の意味で、それに“職業者、専門家”を表す接尾辞「чы /チ/」を付けた言葉で、魚の仕事をする人、つまり“漁師”という意味の単語である。
町の名前から分かるように、ここはかつてイシククル湖の漁師町として栄えていたのだそうだ。今は漁業禁止となっているそうで、確かにイシククル湖で漁をしている船は見たことはない(釣り人はいるけれど)。そういう背景があってだろうか、バルクチという町はうらさびれた感じの町になっている。
私がバコンバエバ村を離れる前に、同じ村の隊員たちとバルクチに遠出。バコンバエバからはタクシーで1時間。いつもは首都への移動の通過点であるので、大通りの一本裏の筋がどういう雰囲気なのかさえも知らなかった。
裏通りであるが、道幅はかなり広い。大型トラックが対面通行してもなお余裕がある。おそらく昔はこっちがメイン道路だったのではないか。
バルクチは、キルギスで唯一の鉄道路線の終着地点でもある。ソ連時代にはロシア圏との物資輸送として大いに活用されていたようだが、今は需要が減って本数も少ない。旅客車両は夏場にしか運行しないそうである。ちなみに、ビシュケクで新しく住み始めた家のすぐ近くが鉄道の駅である。
そんな感じでバルクチ内をうろうろと散歩をしていたのであるが、線路に沿って流れる小川にあれを発見。
この白い鳥はサギである(詳しい種類は分からないが、“シロサギ”ってことでよいのだろうか)。これまで、ビシュケクへ移動するマルシュルトカ(乗り合いワゴン)で、何度かサギを見かけたことがあったのだが、いかんせん乗り合いの車であるから、停めてもらうこともできず写真を撮れずにいた。そのサギをこの日は撮影することに成功。キルギスでのサギ撮影は半ばあきらめていたので嬉しかった。
ちょっと見つけづらいが、別の一羽も撮影。光学3倍ズームのコンパクトデジカメではこのくらいが限界の距離であった。
私がサギを身近に見たのは、マレーシアにいた時で、その後、日本でも大阪の川で見たりもしたので、この鳥は暖かい所に棲むものだと思っていたが、マイナス気温になる場所でも生息していることになる。
バコンバエバ村で、夕方6時過ぎ、上空をカラスの群が巣に戻っていくのに遭遇した(村の人が私に話しかけてきたため、動画には会話が入ってしまっている。カメラのアングルも動いているので見づらいが、ご容赦いただきたい)。
YouTubeのコメント欄にも書いたのだが、マレーシア隊員時代に、ボルネオ島の「ムル鍾乳洞(the Mulu Cave)」という、鍾乳洞としては世界一の大きさで世界自然遺産に指定されている鍾乳洞へ行った時に、夕暮れになると昼間は鍾乳洞の暗がりにいるコウモリたちが一斉にエサを探しに出てきて、コウモリが群で飛ぶそれが帯状になって、まるで龍が飛んでいくように見えるのであった。
帰巣するカラスの群は、ほぼ真下で見たので横に広がったように見えたのだが、なんとなくムルで見たコウモリの出動に似ていると思った。
(「マルシュ」は定路運行の乗合バス、маршрутка/マルシュルートカ/のこと。)
キルギス人の家では、牛や羊、馬などの家畜を飼育している(イスラム教徒なので豚はいない)。
夏場は山腹のほうに、飼育に適した草が生えるので、ジャイロー(жайлоо)と呼ばれる放牧地に、家畜を連れて行き、羊飼いに預けてそこでひと夏を過ごさせる。
10月頃には、山のほうは気温が下がり、草もなくなってくるためだろう、家畜たちはジャイローを引き上げ、村の各家に戻される。
なぜ、こんな話が乗り物のマルシュと関係があるのか。
冬の間、村に戻された家畜たちは、日中の間、村はずれの平原などに移動させられ、そこで草を食べて過ごす。そして夕方、日が沈む前に家になるとそれぞれに家に戻ってくる。
だから、この秋から冬の時季、田舎道を通ると、そこかしこに馬、牛、羊が草を求めてウロウロしている。普段、牛や羊が離されている環境で暮らしている日本人など、ほとんどいないから誰も知らぬだろうが、こういった草食動物たちというのは、平原なら平原の一ヶ所でずっと草を食べているわけではない。考えてみれば当然だ。同じ所で食べていれば、自分たちが草を食べ尽くしてしまう。したがって、牛や羊たちは、少しずつ場所をずらしながら、草が生えている所を求めて動いていくのである。
家畜たちが平原の中だけを移動しているなら何も問題はないのだが、時に平原の中に道が通っていることがある。いやなに、人間が平原の中に道を作ったまでのことで、牛や羊らにしてみれば、道を隔てた向こう側の平原においしそうな草があれば、そっちへ移動するまでのことだ。
このようなわけで、冬場は都市間を結ぶ幹線道路でも牛、羊、馬が横切っていることがしばしばある。
私たち協力隊員は、キルギス国内で移動する時はマルシュ、または長距離タクシーに乗るしかないが、自分の乗っているマルシュ、タクシーの前に牛などが横切る時があって、これがたまにヒヤッとする。
マルシュが100km/hを超えて走っている前方に、道の真ん中に牛がのっそのっそと歩いている。ぶつかれば、もちろん牛は死ぬだろうが、車のほうもただでは済むまい…。
上の写真はマルシュではないが、状況としてはこんな感じである。牛が通行車両にお構いなく、マイペースで道を渡っていき、車がそれを避ける、または停車して待つのが伝わるだろうか。
私が見るところ、一番、車に動じないのはロバ。車からどんなにクラクションをならされても、ジ~っと立っていることがある。ちなみに、犬というのは車が来たら避けることを知っていて、道を渡る時にもちゃんと見ている(それでも轢かれてしまうことはあるのだが…)。
キルギスの野原、草原を見ると、必ずなにかの家畜が放牧されている。
馬がこんな感じで草をはんでいる。不思議なのは、この馬たち、どこか遠くへ逃げていってしまわないのか、ということである。
面白いことに、夕暮れ時になると、馬たちは自分たちで飼育主の家に戻って行っている。道順とか、匂いで家の場所を識別しているらしい。
しかし、放牧されている馬の中には、こんなふうに
足をロープで縛られているのがいたりもする。こういう馬は、気性的に自由気ままに遠くに行きたがるやつなのではないだろうか? だから、行動を制限して遠くに行かせないように、足の動きを不自由にさせているのではないかと思っている。
この写真を撮った馬も、他の馬に遅れを取りながら、普通の歩幅の半分くらいの進度でヨチヨチと歩いていた。
自分のパソコン内の写真データを整理していたら出てきた動物の写真をまとめて掲載。
移動中の車から見たらくだ。野生のらくだなのか? カラコルの動物園では柵の中のらくだは見たが、原っぱにいるらくだを見たのは、後にも先にもこの一回のみ。
蜻蛉《かげろう》。今年10月下旬、ビシュケクのマンション内の階段の踊り場にいたところを見つけた。このマンション、私がキルギス到着直後の現地研修の間にお世話になったホームステイ先の家族が引っ越した新築の物件で、別の隊員と一緒に挨拶に行ったのであった。既に何部屋か入居して住み始めているというのに、エレベーターがまだ完成しておらず、私たちの訪問先の家族が住んでいる9階まで階段で上っていった。
内装は「高級マンション」感がアリアリで、当然、住人もかなりの高所得者だと思うのだが、その人達が階段を上り下りしているのがなんとも不釣り合いでおかしかった。まして、高層階に行くほど価格は高いはずだから尚更…。この蜻蛉の写真を見るとあのマンションを思い出す。
今年9月、ボコンバエバ村から車で30分ほどの標高2000mあたりの山を歩いていた時に見つけた芋虫。どんな虫の幼虫なのかはまったく分からない。こういうのは、大抵、蝶とか蛾の類になるんではないのか? 成人男性の中指くらいの大きさ(と言われて、中指を立てないように!)。
うさぎ。この写真のうさぎは、鷹匠《たかじょう》のショー(と言ってよいのか?)のために人間が飼っているもの。野生のうさぎは、キルギスで私は2回見たことがあるが、2回とも一緒にいた人が「あ、うさぎだ!」と言うのでその方を見ると、岩陰に走って隠れていくうさぎの後ろ姿なのであった。本当に一瞬。一秒にも満たない間であった。
そういえば、今年は卯《うさぎ》年だったのね。来年は辰《たつ》年か。さすがに辰(龍、竜)の写真は撮れないと思うが、いやしかし、世の中何があるか分からんからね…。
10月に撮った写真だが、ビシュケク市内で見かけたリスである。
こういうリスは、北海道にいるのと似ているのではないか? エゾリスというのかな? マンガやアニメに出てくるシマリスとは違う種類である(「シマリス」と言えば、いがらしみきおの『ぼのぼの』。「いじめる?」のシマリスくん)。
手元にある電子辞書の『大辞泉』にはニホンリスの写真が載っていたが、これも上の写真のリスと似ているように見える。ということは、エゾリス、ニホンリスも同系統のリスなのか? シマリスは日本の固有種じゃないようだ。
私が住んでいるボコンバエバ村周辺ではリスを見たことがない。ビシュケク以外では、イシククル湖北岸のチョルポンアタ(Чолпон Ата)という避暑地で有名な町で見ただけである。
ところでリスは冬眠するのかしらん? 雪の積もったビシュケクやチョルポンアタの木の枝をリスたちは今も飛び移っているなら、見てみたいものだ。
キルギスには「タイガン」と呼ばれる、狩猟犬の固有種がいる。
細身で全長80~100cmくらい。見ればすぐにタイガンだと分かる特徴を備えている。毛は長いものもいれば、短いものもいる。色・模様も数種類ある。
タイガンは狩猟犬として優秀で、キルギス人は珍重している。タイガンに獲物を追わせる競技も各地で開かれる。
このタイガン、イシククル湖周辺が産地として有名だと聞いた。
私が住んでいるボコンバエバ村の中でも、綱もつけられず、自由気ままに歩き回っているタイガンを見かけることがあるが、そんな状態で飼っていて、他の犬種・野良犬と交配してしまわないのか、と心配になる。繁殖期だけは管理するとか、やり方があるのかも知れない。
あくまでも主観的な印象だが、今年の夏は村で見かける蜂が少なかったように思う。
3~4年前だったか、全世界的に蜂が大量死して、農業で果樹の受粉作業ができず、収穫量が減ると騒ぎが起こっていた。日本のミツバチが足りないので、海外から輸入するとかいう話もあったが、あの騒動はその後どう収束したのだろうか。
今夏、蜂が実際に減っていたのかは分からない。単に私のホームステイする家で、今年は蜂蜜を卓上に出していなかったから、蜂たちが寄ってこなかっただけかも知れない。
ソ連時代、キルギスは連邦内では蜂蜜生産の上位だったそうである。生産者はロシア系住民が主で、ソ連崩壊後、ロシア系住民が彼らにとっての本国であるロシア、またはキルギス以外の旧ソ連圏の国に「流出」したため、キルギス国内での蜂蜜生産量は、以前の20分の1にまでなってしまっている、と新聞で読んだことがある(最盛期の生産量がどれくらいだったか失念してしまった。2000t/年だったか…?)。
キルギスで民族の自治が高まること自体は喜ばしいことなのかも知れないが、一方で、ソ連時代に技術を支えていたロシア系住民の流出を招いており、蜂蜜生産に限らず、諸分野で技術力の低下という事態も起きているようである。
外出の際には冬の格好をしている今の時季に、ちょっと季節を戻って蜂の話を書く。
昨年、村に赴任した当初、蝿と蜂がやたらと飛び回っていることが印象に残った。食事をしていると、テーブルの上にあるパンやサラダに蝿が留まるので、いちいち手で追い払っていた。村にいた先輩隊員は「すぐに慣れますよ」と言っていたが、確かにじきに慣れていった。
蜂もテーブルの回りをブンブン飛び回っていて、彼らの狙いはジャムや蜂蜜などであった。蜂と聞くと刺されると思って怖がってしまうのだが、当地の蜂は攻撃的ではなく、向こうから襲ってくる(刺してくる)ことはない。私は一度だけ指を刺されたことがあるが、それもたまたま蜂と私の手が鉢合わせ(ダジャレじゃないよ)してしまって、蜂が刺してきたのだろう。
キルギス人はパンを毎食必ず食べるから、どの家の食卓にもジャムがある。蜂蜜はちょっと値段がはるので、いつもとは限らないが、これも紅茶に溶いたり、パンに付けたりするために食卓にある。蜂はそのジャムや蜂蜜をあつめに来るのであるが、そもそも蜂蜜は彼らが集めた物を、人間様が奪ったのだから、彼らにしてみれば奪い返しに来たと言いたいかも知れぬ。
家では茶碗・小鉢のような入れ物に蜂蜜が入っているのだが、蜂は「それ、ごちそうだ」と飛び込んで来る。花からちまちまと集めるのに比べたら、山盛りの蜜があるのだから、蜂にしてみればこれ以上ない宝である。
ところが、蜂たちが蜜集めに精を出す夏場は、温度が高いから、蜜は溶けて粘液状になっている。宝の山と喜び勇んで蜜に飛び込んだ蜂たちは、哀れ、蜜の池の中で羽や足がからめ取られ、身動きできなくなってしまうのであった。
たまに、蜜地獄から這い出す蜂も見かけるが、羽が蜜まみれになって、もう飛び立つことはできず、テーブルの上に蜜の痕を残しながら、ずるずると這いずっている。「蜜地獄」と書いたが、蜜にまみれて息絶えていくのは、彼らにとってはむしろ本望だろうか…
ロシア語で書いた記事の再掲だが、とある村のお宅へお邪魔した際、ツバメの巣を見つけた(見つけたというよりは、その家の人が教えてくれた)。
家に入る階段を2段上がると、中に入る扉の前に3畳ほどのスペースがあり、外から見ればそこは建物の中のようになっている。つまり外敵から見つかりにくい場所である。
キルギスに来てからツバメは度々見かけたし、巣も見たことはあったが、雛がいる巣は今回が初めてであった。
5羽の雛。既に成体に近いように思われるほど成長しており、巣に収まり切らない感じであった。
そのお宅で泊まって、翌日。巣を見ると、雛たちはいなくなっていた。正確には、朝見た時に、巣の中に2羽しか見あたらなく、「あれ?」と思ったのであるが、午後になったらすべての雛がいなくなっていた。前日が、巣立ち前の最後の姿だった。
ただ、雛たちがすぐに自分で餌を獲れる訳ではないようで、巣から出たすぐ前の電線に巣立った直後の雛たちと思しきツバメがとまって、親鳥が餌を運んでくるのを待っていた。
(巣を出たあとも親鳥からの餌を待つ雛鳥たち。
おや? 4羽しかおらぬ。1羽はすでに自立したか?)
Я приехал в селе, который называется "Кемин".
Дом, в которым я останавливаюсь, есть гнездо ласточк. На гнезде 5 птенец были.
На следующий день, я с детьми погулял в селе. Когда мы домой пришли, мы нашли, что ласточк нет в гнезде.
Они уже покинули гнездо. И гнездо теперь стало пустое.
3月中旬から、加速度的に暖かさが増してきている。この春一番の蠅を発見したことを書いたのが3月19日。出現する蠅の数は確実に増えている。
さらに私が見つけられた変化としては、ミツバチも登場。いよいよ、蠅と蜂の競演が始まり、あの鬱陶しい羽音に悩まされる季節がそこまで来ている…。
一匹ではあったが、蟻も見かけた。マレーシアは一年中夏だったから、蟻は一年中活動していたし、その種類もたくさんであった。キルギスは、気温がマイナスになる場所だから、蟻たちは巣穴で越冬して、その間は姿を見ることがなかった。彼らも春を告げる生き物の代表だろう。
村内を飛んでいる鳥も、1ヶ月前には見かけなかったようなのがいるのに2~3日前に気付いた。コンパクトデジカメで鳥を撮影するのは、結構、難しいのであるが、何とか撮影できたらブログにアップしよう。鳥好きの友人もこのブログを見ている(かも知れない)ので。
さて、春の到来を告げるものの中で、一番インパクトがあったもの。
ホームステイ先の家で飼っている羊。何気なく柵の中の様子を見に行ったら、なんか、いつもと違って貧相な感じになっていた。一瞬、状況がつかめなかったが、毛を刈られていることにすぐに気付いた。
ちょっと前までは
こんな感じ(↑)で、モコモコとした毛皮で暖かそうだったのだが、
大人の羊はみんな毛を刈られていた。寒い時季に毛を刈って、羊が体調を崩すことのないように、暖かくなったタイミングで毛を刈るのだろう。これを「優しい」と言っていいものなのかはわからんが…。人間でも、髪を切って風邪をひいた話はよく聞くしね。
よく見ると、毛を刈られた黒羊の右に移っている白い子羊(こちらは毛は刈られていない)も、毛皮の分のかさはあるが、大人と同じくらいの大きさになっている。年越しの前後に生まれていたはずだから、3ヶ月弱でここまで大きくなったのだ。
それと、茶色っぽい毛皮の羊も、毛の根元近くは黒っぽい色だというのも発見した。確かに、子羊は真っ黒(奥側に1頭映っている)だから、どうして茶色になるのかと思っていたが、根元は黒いままだと分かった。太陽光線の影響か何かで色が茶色になるんだろうか? (人間でも、夏場は陽を浴びて、自然に色が茶色っぽくなるという人に会ったことがある)。
刈られた羊毛は、洗った後でフェルト生地に加工されて、カーペット、壁掛けなどの原料となる(それを専門にやっている隊員が同じ村にいるから、そのうち、写真を撮らせてもらってアップしたい)。
貧相な 羊見て知る 春到来
…お粗末。
道を歩いていたら、馬が草を食べていた。
すごく近い距離。触ろうと思えば触れる距離だが、草食動物のおウマさんといえど、間近で見ると大きいので、怖いものである。
こんな動物に蹴られたら、ひとたまりもないですな。昔のギャグ漫画で、馬に蹴られて人間がポ~ンと飛んでいくカットをよく見たように思うが、実際の所、あれくらいの勢いで吹っ飛んでいってもおかしくはないだろう。戦後になってもまだ馬は運搬用などに使われていたようだから、昭和30~40年代の漫画読者にとっては、「馬に蹴られる」というのは、結構、身近にある話だったのかも知れない。
もし、道ばたで草を食べる馬に遭遇したら、不要に馬の後ろに行かないように。これは大事なことであるから、覚えておいてほしい。