「趣味は料理です」について

私は現在ホームステイをしているが、ステイ先の家族が首都に長期間行っているので、食事は自炊している。正確には家の長男は家に残っているが、彼とは一緒に食事をするわけではないので、それぞれ好きな時に台所を使って自分の分だけを作っている。
元々、料理をするのは好きであるから、別に自炊だからつらいということはない。日本で仕事から帰った後に、作り始めるとなると億劫で、牛丼とかほか弁に流れることもあったが、幸い(?)ここでは時間はたくさんある。日本の自宅であればある調理器具が同じようにあるわけではないが、私ごときの料理であれば十分足りる。そんなわけで、今は趣味の料理を楽しんでいる。
趣味を聞かれて、私のように「料理」と答える人はたくさんいる。ふと思ったのだが、キルギスに来てから、「自分の趣味は料理すること」と言っている人には会ったことがない。そういう話題にならなかったということもあるが、1年半いて、一人もいなかったのだから、そういうことを言う人は少ないのではないかと思う。
趣味というのは、いわば遊びが高じたものだ。食は生物である人間にとって、不可欠なものであるが、それを趣味と言えるのは、基本的な食の必要が満たされているからだ。
もちろん、キルギス人にとっても食べることは楽しみの一つだ。宴席などで、普段は食べられない肉料理が出てくる楽しみ。たまにカフェ(食堂)で食事をする楽しみ。これはある。そういう食べることの楽しみは、全人類共通ではないか。それは「楽しみ」というより「悦び」という言葉のほうが適当か。
だが、「料理が趣味」となるとどうなんだろう。食べる楽しみ・悦びとは、なんか質的に違うがするのだ。食べることの余裕の上に成り立っている、という感じだろうか。料理が趣味というのは作る側のことだが、食べる側での趣味となれば食い道楽となるか。いずれも、食べることにギリギリではできない遊びであり、経済的余裕があってこそのものだ。
日本で「料理が趣味」な人がたくさんいることは結構なことだと思う。「料理が趣味」ということが違和感なく受け止められていることは幸福だと思う。だが一方で、それは世界どこでも共通する価値観でもないとも思った。おそらく、「料理」と「趣味」という言葉を結びつける語法もない地域もあるんだと思う。

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