呉智英(くれ ともふさ)著、『つぎはぎ仏教入門』(2011年、筑摩書房)を読んだ。
もともと、私は呉智英氏のファンであるが、この本も呉氏らしい視点・批評で日本の仏教について書かれていて、勉強になる本であった。
この本の中(p.40)にロシア語の話が出ていて、呉氏の博識ぶりにあらためて驚くと同時に、ロシア語の勉強になった。
ロシア語で「目覚めさせる」を表す言葉にбудить /ブディーチ/ というのがあるが、この言葉の語源はサンクリット語であり、仏陀《ぶっだ》、すなわち「目覚めた者」と語源を共にする言葉なのだそうだ。
(ちなみに、仏陀は人の名ではない。釈迦という名の人が、すべてのことを覚《さと》ったことで、「仏陀 = 目覚めた者」になったのである。)
前に、僧侶を表す「ぼうさん」が日本からポルトガルあたりを経て、ロシア語に入りбонза /ボンザ/ になったという話を当ブログ(2011.5.9「ボンズ頭」)で書いたが、ここにもまた仏教にゆかりのある語があったわけである。
外来語の中には語源から派生した末にニュアンスがかなり変わってしまうものもまま見かける。例えば、パビリオン(ロシア語でもповильон /パヴィリオン/。英語、仏語ではpavilion)の語源は「蝶」を表すラテン語なのだという。英語にpapilionid(アゲハチョウ)というのがある。そこから、蝶が翅《はね》を広げた形に似ているということで「テント、天幕」に転化し、今は「展示館」という意味で使われている。
それに比べるとбудитьは語源のニュアンスを残したままロシア語に定着した語ではないかと思われる。ただし、サンスクリット語の原語(bodhi)の意味は「目覚めること」であるが、ロシア語будитьは「目覚めさせる」と他動詞になっている点については、語のニュアンスが変わっているように思う。
さらにбудитьから派生したбудильник /ブディーリニク/ は「目覚まし時計」である。これはご愛敬という感じである。ロシア人たちも、まさか自分たちが朝起きる時に使う道具が、サンスクリット語起源の名称であるとは思い到るまい。
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