2011/03/19

地震から1週間

東北太平洋沖大地震から1週間が経過。

思えば、先週の金曜日、同じ任地の隊員から「日本で大きな地震があったらしい」と電話をもらって、おおかた「震度5の揺れで、一部交通期間が運行停止」の話だろうと高をくくってニュースサイトを開いたら、とんでもない事態が発生していたのだった。

まずは自分の家族への連絡。数時間連絡が取れず、現地の状況が分からず心配したが、私の実家のほうは停電によって連絡が取れない状態だったと後で分かった。その後は被災が伝えられた地域の友人・知人に連絡を試みた。

今考えると、ああいう緊急事態の時に、家族以外の者が安否を尋ねるというのは控えたほうが良かったのかも知れないとも思う。こちらにメールを返すだけでも貴重なバッテリーを消費してしまう。ただ、向こうから返信がなくても、とりあえず「誰かがその人のことを気にかけている」というメッセージを送ることは意味があるのかな、とも思うし・・・。

身近な人の安否が確認できると、当初の動揺した感じは治まって、今も被災の真っ只中にいる方々には申し訳ないが、海外にいる私としては震災に対して距離を置いた感じでニュースを見るようになって来た。その後も続々と入ってくる被災地の窮状や、原発の放射能流出の問題など、状況は深刻化しているのは理解しているが、肌身ではその深刻さが沁《し》みていないことに、つくづく自分の限界を感じる。他の人はどうなのだろう…?

現在、キルギスにいる隊員とのやり取り、各国で活動中の同期隊員のブログを読むと、「日本に帰って、被災者支援にあたるべきでは」と思うところから、「今、自分に与えられた使命は、派遣先でできる限りのことをすること」と考えるようになっている人が多いように思う。私自身も、今は自分の活動先・居住する村で活動を進めるのが、協力隊員としての第一義だと思うようになった(もちろん、家族が大きな被災をしていたら判断も変わったはずで、その場合は帰国することになっただろう)。

テレビでは引き続きこの震災のニュースがトップ扱いである。映像がかなり衝撃的なので、そのことも視聴者をひきつけている可能性もあると思う。津波の威力があれほど鮮明な映像で記録されたことはなかったのではないか?

今は、原発の状況に対する関心がメインになっている。こちらで見ているニュースはロシアから配信されているもので、かの国はかつてチェルノブイリで大事故を起こしているから、余計に原発事故には敏感なのかも知れない。福島・茨城で教員として働いている友人がおり、彼らは避難者受け入れのために職場に寝泊りしているようである。原発の状態悪化への不安もあるだろう中で職務に専念する友人たち、その他にも救助隊、食糧配給係等々、被災地で働く人たちに敬意を表したい。特に、福島原発の現場で爆発の恐怖と背中合わせで、大惨事を食い止めようと奮闘している作業員の方々には、私ごときがかける言葉はないが、がんばっていただきたい。

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