2011/07/06

ツバメ予報

ツバメの巣立ちを見た村を発つ日、お世話になった家の人が途中まで見送ってくれた。

その時、ツバメが飛んでいるのを見つけ、ロシア語で何か言っていた。意味が分からなかったので聞き返すと、ツバメを指して「あの鳥が低く飛んでいると雨が降る」とのことだった。

へぇ。日本でも同じことが言われる。

低気圧が迫っているのをツバメのセンサーは感じて、高い所は飛ばなくなるというメカニズムなんだろうが、ツバメに組み込まれたメカニズムは場所が変わっても同じなのは当然なのだから、日本でもキルギスでも同じ現象が起こるのも当然か。

いや、考えようによっては、同じツバメといえども遠く離れた所で適応したら、種内差(なんて言葉はないと思うが)が起こる可能性もあるんじゃなかろうか。世界のどこかには低気圧が近づいても高く飛ぶツバメもいるのかも。

もう一つ興味深く思ったのは、ツバメが低く飛ぶのを見て、日本・キルギスそれぞれの先祖が、その後に雨が降りがちなことに気付いたことだ。

同じ場にいて、同じ現象を見ていても、人が違えば見ること・考えることが全然違うことはよくある。日本とキルギスと、お互い離れた地域にいる人々が、同じ現象に同じ発見をしたのは、ちょっとした不思議であるような。

ああ、そうだった。ツバメの話が出たのだったら、猫予報(猫が毛繕いすると雨が降る)のことも訊いてみればよかった…。

2011/07/05

ツバメの巣立ち

ロシア語で書いた記事の再掲だが、とある村のお宅へお邪魔した際、ツバメの巣を見つけた(見つけたというよりは、その家の人が教えてくれた)。

家に入る階段を2段上がると、中に入る扉の前に3畳ほどのスペースがあり、外から見ればそこは建物の中のようになっている。つまり外敵から見つかりにくい場所である。

tsubame2

キルギスに来てからツバメは度々見かけたし、巣も見たことはあったが、雛がいる巣は今回が初めてであった。

5羽の雛。既に成体に近いように思われるほど成長しており、巣に収まり切らない感じであった。

tsubame

そのお宅で泊まって、翌日。巣を見ると、雛たちはいなくなっていた。正確には、朝見た時に、巣の中に2羽しか見あたらなく、「あれ?」と思ったのであるが、午後になったらすべての雛がいなくなっていた。前日が、巣立ち前の最後の姿だった。

ただ、雛たちがすぐに自分で餌を獲れる訳ではないようで、巣から出たすぐ前の電線に巣立った直後の雛たちと思しきツバメがとまって、親鳥が餌を運んでくるのを待っていた。

esamati(巣を出たあとも親鳥からの餌を待つ雛鳥たち。
おや? 4羽しかおらぬ。1羽はすでに自立したか?)

2011/07/04

電気代にまつわる奇妙な記事

ネットニュースに、20年後の家庭での電気代の試算に関する記事があった。

20年後の電気料金、原発撤退なら月2千円増

原発から撤退し、それ以外の自然エネルギー発電に移行すると、発電コストが上がって家庭の電気代は月に2000円程度上昇する見込みだという。

試算では色々な要素を入れて、それぞれの影響を考えているのだろうが、この記事を見る限り、放射性物質の残滓処分にかかるコストについては言及がない。そういうのはコスト計算に入れないことになっているのだろうか? だとしたら奇妙奇天烈な印象がぬぐえない。

フクシマ原発のように、一度、「想定外」の出来事で重大な崩壊が起これば、それへの対処に膨大なコストがかかってしまう。今や発電機能を持たない原子炉を冷却し続けるために、これから何年、何十年と冷却作業を続けなくてはいけない。その費用は電気代には上乗せされないのか? 東電の電気代に含まれないのだとしたら、誰が何の名目でその費用を出すのか?

さらに、電気代が月に2000円上がるか、下がるかが今さら問題なのか、という気がしなくもない。

ことは電気代だけの話ではなくなっているのは、誰でも実感していることではないのか。出荷予定の野菜から放射能が検出された、出荷停止せよ。どこそこ地域の野菜は怖いから食べるなという風評。そもそも日本からの食品輸入はストップしようという他国の対応。

これらの話だけをとっても、一家庭の電気代が月々2000円安くなったからといって補なえる訳はない。そもそもその土地に住めなくなり、仕事を失った人たちの生活すべてに関することは、試算の要素として加えなくてもよいのか? 電力会社がそれへの補償金を払うとなったら、電気代に上乗せになるだろう(フクシマ原発周辺の住民への補償は必ずなされるだろうから、試算にも加えているかもね。ただ、新たな事故が起こった場合の補償額は含めているのかどうか)。

こんなことを考えると、どこそこの機関からの「原発を維持したほうが電気代が安くなりますよォ~」というアナウンスに、何か作為があるのではないかと疑わざるをえない。奇妙也、奇天烈也。